渦中カルテット(のぞみぞ/ユーフォ)

・希美と夏紀

 みぞれは希美の幼馴染で仲良しだった。
大人しくて、どこか独特な世界観を持ち、一人でいる事が多いみぞれは世話焼きな希美にとって放って置けない存在だった。
 昔から顔が整っていて儚い雰囲気で密かに男子から人気だけど、自覚がなく、声をかけられても事務的なことしか話さない。そんなみぞれに玉砕していく男子も何人かいた
そんな可愛いらしい外見に反して淡々とマイペースに仕事をこなすクールさを持ち、オーボエになると一転して表現豊かに魅せたり、かと思えばどこか抜けていたり。そんな色んな面を見せる幼馴染と一緒にいることは楽しかった。
しかし、吹奏楽部を辞めてからその幼馴染、鎧塚みぞれと接する機会がゼロとなった。最近気づいたことだ。

「そういや、さ」
「んー」
 
夏紀が怠そうに苺みるくを飲みながらこちらを見ずにファッション雑誌を見ながら答えた。読んでる部分はコーディネートでなく、女子高生のあるある話特集だ。

「みぞれって元気?」
「あれ、会ってないの、仲良いじゃん」
「うーん、そうなんだけど、そういえば、辞めてから会ってないんなぁ」
「ふーん、相変わらずだよ、一人で淡々とオーボエ吹いてる、前より熱心になった気がする」
「んじゃ、元気だね」

幼馴染の近況に肩を竦める。すると、夏紀が思い出したようにあ、と呟いた。

「最近、優子と仲良いかも」
「え、優子とみぞれ?」

意外すぎて笑ってしまうと、夏紀もつられて苦笑する。

「笑っちゃうよねー、性格反対すぎるよね」
「でも、良かった」
「ん?」
「みぞれ人見知りじゃん、ちょっと心配だったんだよね。皆と仲良くやってけてるかな、って」

希美の言葉に夏紀は密かにため息をつく。

ーーーじゃあ、辞めなきゃ良かったのに。

夏紀はさすがにその言葉は吐けなかった。希美の退部の要因のひとつに自分も入ってるからだ。夏紀の態度に気づかず、希美は続ける。

「まぁ、あの子は私が居なくても一人で平気だろうけどね」

少し寂しそうな顔をする希美に夏紀は雑誌を机に置いて椅子にもたれていた体を起こす。

「希美がいなくてさみしそうだよ」
「はは、嘘つかないでよ、あの子はあんまり他人に興味ないタイプじゃん」

嘘じゃないんだけど。
初心者でよくわからないが、みぞれのオーボエの音が微妙に変わった気が夏紀はしていた。無機質な音になった。何となく、苦しい音になった、気がする。無理してオーボエを吹いているような、そんな音を出している。
しかし、幼馴染の希美が元気そうと言うからそうなのかもしれない。気のせいだということに夏紀はした。

「みぞれったら、コンクールとかにも興味ないんだよ、中3の時も全国あんまり悲しそうになかったし。クール過ぎるというか、何というか」

珍しく希美は愚痴を言う。吹奏楽部に対しては熱血で真っ直ぐすぎる希美にどうして適当な私が仲良くなったのか不思議だ。

「出た、吹奏楽熱血バカ」
「バカだもーん」

むすっと頬を膨らませる希美に夏紀はくつくつ笑う。

「・・・でもさ、私は中学やってないし、みぞれのこと見てないけど顔に出ないだけだと思うよ、案外悔しがってるんじゃない?」
「んーそうかなぁ?ま、あのマイペースさがあの子の良いんだけどね」

今度はぱっと笑顔になる希美。希美は喜怒哀楽が激しい。逆に言うと、表裏なく、単純。女子高生の格好をしているが、精神は屈託無く純粋な小学生男子なんだろう、と夏紀は思う。

「みぞれには辞めたって言ったの?」
「ああ、言ってないよ」
  「え、そうなんだ」
「ん、必要ないと思って。あの子頑張ってるし。頑張ってるあの子には絶対邪魔したくないし。それに、私が辞めたところではふーん、て一言でしょ。気にしないよ。みぞれは」

そんなものなのか。でもみぞれならあり得そうなことだ。付き合いの長い希美が言うんだからそうか、夏紀は思った。

「そんで。吹奏楽熱血バカ、部活を辞めた気分はどう?」
「・・・最悪だよ。」

次は怒りの表情。例のショートヘアの三年生を思い出したのだろう。

「ずっともやもやする。こんな生活久々でむしろ暇すぎるのがつらいよ。」

苦しそうに顔を歪めながら言う希美に夏紀はそっか、と苺みるくを片手で握り締めながら飲み干した。

・優子とみぞれ

  綺麗な顔をしながら美しく甘い音色のオーボエを吹くあの子独特の引きつけられる雰囲気にずっと仲良くなりたいと思っていた。
間違えなく高校生にしては出来すぎるオーボエの演奏力。一人でも練習していくストイックさ。何故こんなに自分に厳しく練習出来るのか、不思議に思っていた。
ただ仲良くなるのには、難しい事には理由があった。あの子は常に隣に希美がいるようにしていて、希美を中心に生き過ぎていたのだ。
その事実に気づいたのは希美が退部してから。
あの子の異変に気づいたのはその頃だ。

「はぁ、はぁ、」

廊下で苦しそうにしゃがみ込むみぞれを発見して、優子は慌てて駆け寄る。

「みぞれ!どうしたの!?」
「く、るし」

過呼吸。そう判断して、優子は落ちつかせるように背中をさする。

「大丈夫、大丈夫だから…」

背中の制服越しにみぞれの汗で湿りを感じた。意識朦朧としながらみぞれは必死に手を伸ばす。優子は反射的に手の先を見る。

「希、みっ、」

その一瞬にしてある衝撃的な事実を知る。
中学時代から今まで腑に落ちなかった物事のピースが次々と埋まり出す。
何故、人見知りしない優子が今までみぞれと接する機会がなかったのか。
何故みぞれは希美以外誰とも話そうとしないのか。
何故いつもほかの子と希美が話しているときじっと見つめてることが多いのか。
ああ、そうなんだ、と優子は溶け込むように理解する。

この子の「絶対」は、希美なんだ。
私が香織先輩を好きと同じぐらい、いや、その数倍ぐらい、みぞれは希美が好きなんだ。

それを知って、胸がじくりと痛くなる。
この子がこんなに苦しがっているのに15m先の希美はこちらに全く気づかず背を向けながら友達と笑いながら話している。
その現実は見ていて繊細すぎて痛々しく残酷な現実そのものだった。

「どうし、て?おい、てっ、いかないで…..」

涙をうっすら浮かべながらみぞれの意識が遠のくのを見て優子は焦りを覚える。

「みぞれ!?」

みぞれの息づかいにほっとしながら優子はみぞれの髪を整えながら愚痴を言う。

「なんでこんなになるまで苦しんでんの」

抱えた体はひどく軽い。もしかしたらみぞれは30kg代なのではないか。不意に華奢な体を抱きしめる。あまりにも儚い体に優子は使命感と義務感とそれ以外の感情が次々と芽生え出す。

あの子を暗闇から連れ出すのは私。
私がいないと、この子はダメになってしまう。
私がいないと、あの綺麗なオーボエの音が壊れて聴けなくなってしまう。

「大丈夫だよ、私が守ってあげる」

みぞれは私が守る。大事な、大切な友達だから。


・みぞれと優子②

気がつくと、何処か知らない硬いベッドでみぞれは寝ていた。

「気が付いた?」

可愛らしいアイドル顔に、大きなリボン。最近仲良くなり始めた吉川優子だ。というより、希美がいなくなって同情して優しく話しかけてもらっているだけだと思うが。

「みぞれ、倒れたんだよ」
「倒れ、た?」

フラッシュバック。離れていく希美の背中が脳裏に残像を残す。背中に汗が流れるのを感じた。思考を深める前に、優子がひどく優しい口調で話しかけた。

「希美が苦手なんだね」

優子の言葉の名前にみぞれは恐怖を覚えるほど過剰に反応してしまう。

「誰にも、言わないで」

優子は驚きながらも、優しさを崩さなかった。

「言わないわよ、誰にも」
「ありがとう」

お喋り好きな優子だがそこのところは弁えているようでみぞれは安堵する。

「大丈夫?」
「ありがとう、優子、もう大丈夫。帰っていいよ、希美のことは優子に関係ないから」

そのみぞれに言葉に優子は頭に血がのぼる。

「….なに言ってるの。自分のために嘘をつくやめてってば!苦しいんでしょ!!
こんなになるまで自分を追い詰めて!何になるの!?」

突然の優子の怒りにみぞれは驚く。それは、今まで、誰かに言われたかった言葉だった。

「みぞれは苦しまなくていいの!自分勝手過ぎる希美が嫌いなら、嫌いでいいんだよ!?嫌いって言えばいいじゃない!本当は怒りたいんでしょ!?何で私を置いていったの!?て問い詰めればいいじゃない!!付き合ってられないって突き放してやればいいじゃない!!」
「優子!!やめて!!!嫌いじゃない!!!」
「え、みぞれ?」
「・・・希美に問い詰めるだなんて、突き放すなんて・・・、私に、出来る訳ないじゃない・・・!!!」

いつも小さい声で喋るみぞれが珍しく大声と本音を出す。泣きながら言うみぞれに優子は言いすぎた事、少し自分に誤解があった事を反省する。

「・・・ごめん、そうだ、そうだよね」
「いいや、こちらこそ、ごめん」

みぞれは俯く。優子はそれを見ながらため息をつき、諭すように言う。

「この機会にさ、希美以外の子とも友達になろ?いつも人を拒んでるけど、誰かを拒む鎧は捨てなきゃ」

拒んでるのは拒まれるが、嫌だから。希美に愛されたくて、必死だったから。希美以外の子と仲良くするのはあまり重きを置いていなかったから。

『みぞれ、苦しまなくていいんだよ?』

『誰かを拒む鎧なんて捨てなきゃ!みぞれは可愛いいんだからさ!自信持って!』

優子の言ってくれた言葉がみぞれの頭で希美に置きかわる。

(ごめん、ごめん、優子。
私、最低だ。)

「みぞれ、一緒に頑張ろう、今年は金獲ろうね!」

(ごめんね、優子、本当にごめん。
その言葉、本当は希美に言ってほしかったんだ。)

最低で最悪な、ここまで希美に執着してしまうどうしようもない自分が気持ち悪くてしかたない。
この強い感情をどうすればいいかわからないのだ。

・希美と優子

「あんたが何もしないから、私がするから」

希美が歩いていると、突然優子に呼び止められて、意味不明な宣言されて当惑する。
言ってる意味がわからない。自分は優子に何かしたかを頭で捻り出すが、思い当たらない。最近したことと言えば、退部したことぐらいか。

「何のこと、優子?」
「みぞれのこと」
「は?みぞれ?」

意外な名前にますます希美は当惑する。みぞれに何か関係することだろうか。

「みぞれに辞めること言ったの?」
「言ってない、よ?」
「何で?」

何故皆そんなこと聞きたがるのだろうか。大して理由がないことは誰だって説明できることは難しいものだ。

「はっ、なるほどね、そういうこと」

吐き出した優子の口調に心がつねられたように痛くなった。
気にならないわけにはいかない程度の痛み。
いらいらする。自分が悪いことをした覚えがないのだ。

自分を通り越して歩き続ける優子を追いかける気になれなかった。一方的なやつあたりだ。相手に出来る訳がない。すると、教室から出てきて優子の方へ走っていく影。みぞれだ。
遠くにみぞれを見ていると、視線を感じたのか、ふいにみぞれが振り向く。目が合ったが、顔を歪めたと思ったらすぐ逸らされて、みぞれは私に背を向けて優子の元へ駆け出していく。そりゃ、そうか。
希美は軽くため息をつく。
みぞれは辞めた自分に気を遣って気まずいと思ったのだろう。時間的にこれから部活だろうか。胸が痛くなり悲しくなった。

・希美と夏紀②

本当は言ってはいけない屋上は夏紀と希美の秘密の場所だ。放課後、皆が帰るところを見ながら真面目な話や、くだらない話をずっとしたりする。本当は部活をサボっている夏希を怒る方がいいのだが、夏希の性格は理解しているし、今は側にいてくれる理解者が希美は欲しかった。

「夏紀」
「ん」
「やっぱり仲良いと思ったけどさ。みぞれと私は部活だけの繋がりなんだね、優子も。」

珍しい弱気発言の希美に夏紀は少し驚く。

「何か、言われた?」
「なんか、冷たかった」

項垂れる希美にため息をつく。

「バカね、んな訳無いでしょ、気のせいよ、具合悪かっただけよ。しばらくすれば元に戻るわよ。」
「そうかなぁ」
「そうだよ」

夏紀は希美の頭を雑に撫でながら慰める。

「希美」
「なに?」
「部活、戻らない?」
「あいつらがいる限り、絶対ない」
「そっか、そうだよね」

ごめん、と夏紀が言うのに続いて希美はごめん、と言い返した。
夏希は頭を書きながら苦笑いをする。

「キラキラしてないあんたも人間味あっていいけど、やっぱりキラキラしてるあんたのがいいや」
「何それ、ウケる。何いってるのさ」
「なんでもないよ。戻りたかったら、いつでも私に相談しな?私はいつも希美の味方だから。私が戻してあげる。」
「ありがとう、夏紀」

今までもやもやしていたものが夏紀の言葉で一瞬にして掻き消される。我ながら単純、と思いながら、隣りの夏紀に凭れた。対側の校舎の窓から誰かがその光景を見上げていたことに二人は気づかなかった。


・夏紀とみぞれ

夏紀が教室に戻ると、窓際の席のみぞれが無表情で何をするわけでもなく姿勢良く座っていた。目が合うと、みぞれが会釈したので、「練習お疲れ」と返す。しかし、そのままみぞれは夏紀をじっと見つめ続ける。というより、軽く睨まれている気がした。美人の睨みは迫力がある。

「…」
「…」
「…み、みぞれ、なに?」
「希美」
「希美?」
「希美、元気?」
「ああ、元気だよ、辞めてからしょげてるけど」
「…そっか」
「ん」
「…」
「…」
「…奪らないでね」
「え?」
「何でもない。お疲れ様」

夏紀は少しみぞれの頬が赤いことに気づく。

「かぜ引いた?」
「いや」
「そっか。今日倒れたんだって?気をつけなよ、たった1人のオーボエなんだから。」
「…ありがと」

夏紀のさりげない優しさに、みぞれはふっと笑った。

・夏紀と優子

夏紀が帰ろうとすると、後ろから背中に鞄をぶつけられる。振り返ると、優子が立っていた。

「なにすんの」
「バカそうな背中見つけたから」
「私、進学組なんですけど、あんたと違って」
「わ!やな奴!着いてこないでよ」
「いや、あんたが後ろにいたんでしょ」

帰り道はほぼ一緒なのは勿論お互い知っている前提で口喧嘩をする。もうこれは挨拶程度なぐらいの日常だ。

「あんた、練習しないくせに何でここまで残ってんのよ」
「希美と話してたんだよ」

希美、その名前に優子の顔が曇る。みぞれの苦しそうな顔を思い出してしまう。

「あんた希美のこと好きすぎない?」

希美のことを言われて少し夏紀はむっとして、言い返す。

「あんただってみぞれのこと好きすぎでしょ」
「普通よ」
「どーだか」
「で、希美は元気なの?」
「優子に冷たくされてしょげてたよ。希美に何したの?」
「怖い顔しないでよ!別に何もしてないわよ!みぞれが倒れたのに気づかずスルーしてたから怒っただけよ」
「ふーん、みぞれにも冷たくされたとか言ってたけど」
「あー、あれは…違うわよ」

みぞれの言わないでの約束を思い出して優子は言葉を濁す。夏紀はそれ以上追求しなかった。

「それより、あんた、少しはユーフォ頑張りなさいよ、来年後輩来れば追い抜かされるわよ」
「楽になっていいわね」
「あのね、あんたのために言ってるんだからね。南中の名を汚さないでよね」
「はいはい、私は南中吹奏楽部じゃないよーってば」

二人は知らない。
近未来には吹奏楽部に劇的な変化が訪れることに。この緩やかな部活光景が続くのだと思いながら、二人は帰路につくのであった。


・希美とみぞれ
 希美が辞めてから一週間経ち、ふと気づいたこと。それは部活がなかったら、驚くほど希美との接点を失ったことだ。
違うクラスの今、ホームルームが終わる時間帯も違う。そもそも自分のキャラ的に希美は仲良くなるタイプでない。

 帰り道、数m先に希美を見つけてしまい、その瞬間からゆっくりと歩を緩める。見てはいけない。意識してはいけない。そう、念じながらも見てしまう。後姿でも歩き方に希美らしさが出て愛しさが滲んでくる。
声を掛けたい。声を掛けたくない。
アンビエントな感情にみぞれは迷いに迷って何も出来ない。

『なんで、辞めるって言ってくれなかったの?』

ただ、その一言だけなのに、その一言が自分にとってとてつもなく重い。今、希美は一人。チャンスのはずだ。でも、どうしても動けない。この一言で、希美と自分の関係が壊れてしまう気がした。

希美、振り向いて。
希美、振り向かないで。
希美、振り向いて。
希美、振り向かないで。

『希美』

小さく呟くと、希美が振り向いた。しまった。胸がとくとくとく、と激しく鼓動する。
どうしよう、何て話せば。

「希美!!」

愛想のいい声と軽やかに駆ける足音が後ろから聞こえてくる。希美と同じクラスの子だ。その子を笑顔で迎える希美。よく笑うあの子を見ないでよ、希美。

「はぁっ、はぁっ」

胸が張り裂けそうなほど痛い。何で自分はこんなにも醜いのだろう。

「オーボエ、吹かなきゃ」

早く、家に帰って練習しなきゃ。
それは、もう、強迫的ななにかだった。オーボエを吹いてないと落ち着かない。オーボエを吹かないと、希美は離れてしまう。また、ひとりになってしまう。
すると、希美はもう一度振り返る。希美がみぞれ気づく。


——–あ

「みぞれ!!!!」

希美は遠くから声を出す、息を吸って、

「オーボエ頑張れーーーー!!!!!!」


言葉は、それだけだった。希美は例の笑顔でブンブン手を振ると何やってんの、と隣の友達に笑われながら肩を叩かれてまた歩き出す。
みぞれは胸がドキドキし続けた。苦しさはもうなくなっていた。喉がコクリと鳴る。希美が何も言わず退部してから、ショックで生きる意欲を失ったかのような感覚をしたが、その希美からまた命令を貰った。使命が出来た。

「オーボエを、頑張る…..」

オーボエを頑張れば、希美は帰ってくるかもしれない。ケースを握る手が強くなる。オーボエは希美とみぞれを繋ぐもの。決して絶ってはいけないものだ。


「オーボエを、頑張る」  


自分の使命をもう一度復唱する。希美が望んだこと。それで済むなら、それで希美が帰ってくるかもしれないなら、いくらでも吹いてやる。


⭐︎   


epilogue 1年後

「みぞれなんでそんなに練習出来るのー?」

復帰した希美は楽器は続けていたとはいえ、体力はなくなっていた。ぐったりと机に突っ伏す。リアビリ中といったところか。希美のことだから滝先生や新山先生にリハビリ用厳しいオリジナル課題とか作ってもらいそうだ。

「やっぱりオーボエが好きなんだね〜」
「それも勿論あるけど」

オーボエという楽器に昔はそこまで執着なかったが何年も付き合ううちに愛着が湧くてきたし、好きになったのはほんの最近であるが、今なら素直に好きと言える。この楽器には色んな思い出が詰まっている。

「希美に命令されたからもあるよ」
「え。私、みぞれに命令したっけ、嫌なやつじゃん。覚えてないや」
「頑張れ、って。」
「いやいや、それ命令じゃないから」
「ふふ、それで良かったの」
「みぞれは相変わらず変なの〜!まぁ、ここまで上手くなるとは思わなかったよ。あー、一年のプランク悔しいなー!」
「大丈夫、希美は三井寿だから。」
「みぞれは神だね、絶対。それか、黄前ちゃんにコンクール好きですか?て聞かれたから花道?」 
「神がいい」
「来年ソロ吹きたいー!」
「じゃあ、また一緒に練習しよ?」
「いいね!また楽しくなりそうだね!頑張るぞー!!」


2人は笑う。こんなに泣いたり笑ったり、悩んだり感動したりするとは思わなかった。今、この一瞬だけは君といたい。

「もーまた2人の世界に入るんだからー!」

優子が2人に耐えきれず言葉を入れる。その隣で、「ププ、嫉妬しやがんのー!」とからかう夏紀。すかさず希美はツッコミを入れる。

「いやいや、2人には負けるから!」

みぞれも頷く。

「「誰が!!?」」


四人は笑う。乗り越えた壁は大きい。これからも色んな困難があると思うが、きっと皆の力でやってこれるだろう。夏紀はニヤニヤして希美に聞く。

「ねぇ、希美、部活楽しい?フルート、好き?」

「勿論!」

人は変化する。そういう生き物だ。出会った友人に感謝を。

2016年12月19日 pixiv掲載

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