おしるこ(まほミホ/ガルパン)


『11月に54年ぶりの初雪を観測し、気象庁は交通の—–』

 ラジオのニュースがつらつらと天気について語る音声でミカは目が覚めた。21世紀となり時代遅れとも言えなくもないラジオは同居人(同居人、というよりミカが住み着いただけだが)西住まほの趣味だ。初めはからかっていたが、朝に流れるラジオはなかなか雰囲気あって趣あるものだ。それに気付き、ミカも何となくまほの横で聞くようになった。
内容も面白いものが多い。最近気づいたことだが、人はテレビよりラジオの方が本音を語りやすいようだ。

「初雪ねぇ」

雪国で暮らしていたので、特別なことはないのだが、やはり初めて雪が降るのは本格的に冬が始まったのかという実感は持つ。
ふと隣を見ると布団の中に同居人がいない。床には自分の分まで丁寧に畳んである昨日の服がある。些細なことでさえその性格が滲み出ていて笑ってしまう。手を隣の布団の中に忍ばせると、生暖かい。まほが布団から抜け出して間もないようだ。だるい体を無理やりうごかす。生暖かい布団からでると肌寒い。ミカはインナーワンピースを着、チェック柄のブランケットを体に巻きつけて立ち上がる。行く先はベランダだ。窓越しに見覚えのある後ろ姿がある。思ったより華奢で線が細いが、その人となりを一度知ると敵であれば誰よりも恐ろしく、味方であれば誰よりも頼もしく感じる背中。ミカはベランダを開けて彼女に声を掛けた。

「冬の朝の一服はどうだい」

声は吐息と共に冷たい空気に霧散した。天気予報の予想通り、今日は雪が降りそうだ。
まほはふぅー、と煙を上に吐きながらゆっくりと振り向いた。

「禁煙しようと思ってる」
「あらまぁ。それはどういう風の吹きまわしだい?」
「みほにくさいと言われた」
「それはそれは」

よほどショックだったのか、まほは下唇を噛む。確かに女性に対して「臭い」という評価は「可愛くない」よりキツイかもしれない。
ポーカーフェイスが上手いまほだが、ずっと一緒にいると機嫌が悪いときは下唇を噛んだり、軽く舌打ちすることがわかってきた。ほんの些細な発見が嬉しく楽しい。

「本当に君は妹が大好きなんだねぇ」

少し嫉妬しちゃうな、と冗談ぽく言いながらベランダの窓にもたれる。

「でも元に一本吸っているんだけど、大丈夫かい?」
「これを最後の一本にする」
「残念だね、煙草を吸う君はセクシーなのに」
「自分の見栄えと妹なら、妹を選ぶな」
「…..毎度君のシスターコンプレックスには驚かされるよ」

小さな風が吹いて薄着のミカはぶるりと震えた。雪国で慣れているとはいえ、ここは暖房が北国のそれより重厚に作られていない。

「ミカ、中に入れ、薄着だと風邪をひく」
「君は無慈悲な戦術に反して優しいから奇妙だね」

そう言いつつミカは素直に部屋に入る。ブランケットに包まり、まほのコーヒーの入ったマグカップを両手に持ちながらストーブを付けしゃがみこむ。
その女性らしい儚い後ろ姿をまほはじっと見つめながら、また一口吸う。すぐに口寂しくなりそうだと自分でも予感した。


「まほさん、おしるこ作らないかい」
「おしるこ?」


最後の一本を終えて、スプレーで匂いを消しながらベランダから部屋へ入ると片手にスーパーの袋に大量に入った小豆を持ったミカが立っていた。またどこかから貰ってきたのだろう。相変わらず日中何処へ行っているんだか。その小豆は見事な楕円型で鮮やかな紫色で小豆でも粒が大きい。

「大納言小豆か。まだ早い気がするが今年は寒いからいいな」
「決まりだね」

ミカはそのまま小豆をざるに入れて洗う。まほは鍋に水を入れ、その後ミカから洗った小豆を貰い加えて、火をかける。

「二回茹でた水を捨てたら苦味がなくなるらしい」

火をかけて沸騰するのを待っている途中、2人は携帯で造り方を調べる。

「大納言は殿中で抜刀しても切腹しなくても済むことから、 煮ても腹の割れないこの小豆を大納言小豆との称号が与えられた、だって」
「切腹しなくていい安心した身分か」 
「では清少納言はまだまだな安心しない身分なんだね」
「清少納言……冬はつとめて、か。」

まほは先ほどストーブの前にうずくまるミカの小さな背中を連想した。

「たしかに、いとおかし」
「何言ってるんだい」
「いや、すまない」

泡が立ち上がり、湯は沸騰し始めた。まほは鍋を持ち、傾け、ざるに流しこんで小豆を入れゆでこぼしする。もう一度新しい水と小豆を入れ、茹でる。それをもう一度繰り返す。

「小豆色は面白い色をしていないかい、和風で美しいが大変日常的」
「確かに少し古めかしくてあまりファッションに使われないな」
「部活のユニフォームとかで使うね」
「あれは、えんじ色なんじゃないか?」

茹で水を捨てると、また水を加える。表面に出てくる白いあくをミカがお玉で掬っていく。茹で上がっいる小豆は匂いもほのかな甘い香りがし、見た目からして甘みを帯びて美味しそうだ。

「まほさん」
「なんだ」
「味見していいかい」
「いいが」

ミカが嬉しげにスプーンで小豆を2、3個掬い冷ましながら口に入れる。まほも一粒掬い食べる。ほろ苦さが口に広がる。

「……やっぱり豆だね」
「 砂糖入れてないからな」

また水を入れて沸騰させ、弱火にして30分程度煮ていくのだ。一息ついて、まほはキッチン引き出しに入っている煙草とジッポを取り出し、ベランダに足を踏み出す、とても自然な行動であった。

「まほさん」
「……………ああ」

笑いを堪えずミカが呼ぶと、頭をかきながら思わず小さく舌打ちを鳴らすまほ。そんな仕草にミカは愛しく思ってしまう。あらゆる行動にドイツ人のように精密さと正確さ、完璧を求めるまほだが、たまに天然を見せる時がある。
西住の血なのか、頭は良くカリスマ性を発揮するがたまに見せる抜けた点はたまらなく部下や他人に人間らしい愛らしさを感じさせ、より付いていこうと熱を上げさせるが、本人達にとってはたまらなくコンプレックスらしい。

「まーほさん」

ミカは後ろからまほに抱きつく。なんだ、と振り向く前に唇を奪う。口に広がる甘苦い香り。ぐっと押し付けて唇の感触を味わうと、何となく乾燥した喉が潤った気がした。癖で右手をまほのシャツの下から入れて鍛えられたお腹をさする。

「ミカ、また味見しただろう」
「ふふ、我慢できなくてね」
「もう少しだ、我慢しなさい」

小豆は良い柔らかみを帯びており、ミカは砂糖を加える。

「結構加えるんだな」
「分量の半分ぐらい加えないと甘くならないみたいだね」

塩も適度に加えて、再度味見する。

「塩味も引き立って良いね」
「バランスが良くなるな」

味にようやく納得した2人は次に入れないといけないものを考える。

「餅、入れるか」
「カットスライスこの間買ったはず」

やはり、餅。
高齢者の死の凶器とはいえ、日本の文化はこれを食べずにして日本人ではいられない部分があるようだ。

「実家からもらったほうじ茶でもいれよう」

ミカはお椀でおしるこで盛り付け、数十秒で柔らかくなるお餅を加え、まほはほうじ茶を用意する。食卓にお椀が2皿、湯呑みが2個乗り、甘い香りが漂う。

「食べようか」
「そうだね、いただきます」
「いただきます」

箸で餅を掴み、口に入れる。口の中に柔らかな食感と甘みが溶けながら幸福感と共に食道へ入っていく。お店の甘さよりは控えめであるが砂糖の量はいつもより多めだろう。
休みの週末だ、どうか許しておくれ。

「おいしいな」
「煙草代わりになるかい」
「それだと肥るな」

寝室からラジオの声が聞こえてくる。

『最低気温は2度と低い予想で、路面の凍結などに注意を呼びかけ—–』

「今日は家にいようか」
「そうだな」
「もう少ししたら、スキーやスノーボード、クロスカントリー出来るかもしれないね」
「面白そうだな、みほも誘って、」
「まほさん」

ミカはテーブルに手をついて、テーブル越しのまほにキスをする。今度は甘い口づけとなり、ミカは舌を入れていく。まほは口は広がる甘さに仕方なく目を瞑り、なすがままに任せる。ミカは離すとはぁ、と艶っぽいため息をつき、自分の額をまほのそれにくっつける。

「知ってたかい?君の拾った猫は嫉妬深いんだよ」
「ふふ、そのようだな」
「知ってくれて嬉しいよ」

チュッと一回軽くキスをしてミカは離れた。
おしるこを食べ終え、食器を片付ける。寒い日でもまほは面倒くさがらず何も言わずすぐに片付けを済ましてしまう。一緒に料理していて色んな意味で頼もしい。
 テレビを付け、早朝毎日15分放送されている戦車ニュースが始まるのを待つ。

「ミカ、おいで」

横で並んで見ていたが、振り向くと引っ張られてまほの腕の中にすっぽりとミカが収まった。ミカの体が暖かいどころか、熱くなる。
大砲音と共に番組が始まると、まほは無言になる。何言っても気のない返事になる。

「まほさんまほさん」
「ん」
「大好きです」
「んー」
「えっちしたいです」
「ん」

ほらね。ミカは心の中で笑う。
15分間は言いたいこと言えるが、たまに聞こえていることがあるので注意。番組を終えると、現実に戻ったまほはため息をつく。顎をミカの肩に乗せる。

「なんか、ムズムズして落ち着かない」

まほはそのまま鼻をミカの首筋に擦り付けて匂いを嗅ぎながら甘える。ミカはクスクスと笑いながらくすぐったくて身をよじる。甘いもの食べたせいか、まほが甘えたになっている。好きにさせているとだんだんまほがインナーワンピースから手を入れて皮膚の体温を感じだす。片手で綺麗な色素の薄い髪をときながらまほは言う。

「お前はやはり綺麗なんだな」
「バレたかい?」
「再認識だ」

まほは頬にキスをする。

「今日はおしることミカで我慢することにしよう」
「君の口が寂しくならないように努めるよ」
「よろしく頼む」
「了解」

二人はどちらともなく唇を触れ合う。

「まほさん好きだよ」
「とっくに知ってる」

甘いのはきっとおしるこのせいだ。



(このあと滅茶苦茶セックスした。)

END🍵


冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。
昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白い灰がちになりてわろし。

2016年11月27日pixiv掲載

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA