かぼちゃスープ(ミカまほ/ガルパン)

 カーテンから差し込む光が眩しくて、自然と目が醒める。幼い頃から母の教育でいつも一定の時間に起きるのが西住まほの朝の習慣となっていた。そのため、特に低血圧という訳でなく覚醒も良い方で、一回大きな伸びをすると、筋肉が柔らかくなり体はふっと軽くなった。

「よし!」

カーテンを開き終えると、トイレに行き用を足し、冷たい水で顔を洗う。清潔なタオルで顔を拭き、歯磨きをする。もう何度も繰り返しているルーティンをひと通り終えて、落ち着くと、ランニングウェアを着て、イアホンを付け、最近下ろしたばかりのシューズを履いて、外に出る。冬になりかけた外気が肌に刺さる。冬が来る。そんな気配が先週からしている。
大学へ入学して、一人暮らしを始めて半年以上経った。ようやく手に入れた小さな自由に最初は選択肢が多すぎてまほは戸惑ったが、母の教育のおかげか、規律よく勉学も戦車道も友人との遊びもバイトもバランス良く充実する。大学からの友人に何でそんなに出来るの!?貴方だけ一日48時間あるんじゃない!?と良く言われる。自由になって始めて母の教育は正しいと思うようになった。確かに先生にまでたまに真面目すぎると言われるが、教育がしっかり習慣付いてしまっているから仕方ない。
5km程度のランニングを終えると、体は暖かくなったが、冬の空気で肌がピリピリとした。アパートに帰ると、汗を拭いてシャワーを浴びて着替える。
さて、朝ごはんは何にしようか。
そうだ、この間バターナッツかぼちゃを貰ったのだ。こんな寒い朝には体を温めるようなかぼちゃスープを作ろう。

そのひょうたん状の野菜はかぼちゃにしてはおかしなビジュアルであり、まほはしばし観察してしまう。質量としては普通のかぼちゃより少し重いか。
包丁で半分に切り、ワタをスプーンでくり抜き、皮を剥く。ひとり暮らし始めて知ったが、かぼちゃは結構固い。一度レンジに入れた後、また適度の大きさで切っていく。玉ねぎをカットし、底の深いフライパンを熱する。そこにバターを入れ、玉ねぎを炒めると、香ばしい香りがまほの鼻腔をくすぐった。ジュワァッと熱の音が気持ち良い。玉ねぎがキツネ色になり柔らかくなるのを見て、かぼちゃを入れて再度炒める。その黄色の甘い野菜が温まるのを見て、気分が良くなって鼻歌を歌ってしてしまう。
誰かがいることを知らずに。


「君、料理もできるのかい?本当に何でもできるな」

「 な ん で い る ん だ 」


振り返ると、いつの間にかテーブルにファッション雑誌を広げて読んでるミカが座っていた。
思わぬ侵入者がいる驚きと鼻歌を聞かれた恥ずかしさと、それがミカだった怒りでまほは木べらを持つ手が震える。

「Moi!いやぁ、君がランニング行っている間に思わず合鍵で入ってしまったね」
「そろそろ合鍵返してもらえないか、新歓後に貸したまま返ってきてないぞ」

4月の話。大学の戦車部の新入生歓迎会でミカが飲みすぎてキザな台詞を言い残して潰れたのだ。その時、秘密主義ミカの住処を誰も知らずに途方に暮れた所、先輩方が「西住さんな仲良いし、安心だし一日泊めてあげなよ」と命じられ、一晩泊まらした、までは良かった。
その翌日、朝からバイトで合鍵をミカに渡してしまい、それ以降ミカは鍵を返さず、しかも悪用して私のアパートに入り浸っている。今となってはプライベートがミカに駄々漏れ状態なのだ。ちなみに机の引き出し二段目のみほと自分の小さい頃の写真集は5月にバレている。

「今度返すよ」

こいつの「今度」はあった試しがない。
おっと、しまった。ミカのせいで玉ねぎが焦げそうだ。急いで水を加える。

「かぼちゃスープかい?私も好物なんだ」

意訳は『まほさん、私も食べていいかい』あたりだろう。

「ミカ、食べるなら手伝いなさい」
「わかったよ〜」

気怠るそうに雑誌を閉じてダラダラとこちらへ来る。

「ミキサー出してくれ」
「はーい」

ミカは台所の棚から手持ちミキサーを取り出す。悔しいことに半年入り浸っているから、もう料理器具の置き場所も把握されている。スープが沸騰するまで時間がある。後、簡単に何を作ろうか。

「ふむ。サラダとトーストにするか」
「ああ、まほさん、昨日カレリアパイとムスタマッカラ買って置いてあるから食べないかい?」
「置くな」

ミカがいつの間にか台所に置いた紙袋からフィンランド特有のカレリアパイ、冷蔵庫からムスタマッカラを取り出して見せる。
特に買った覚えはないが冷蔵庫の中が増えていくのは大方常連ミカと、アンチョビのせいだ。ちなみに紅茶やコーラ、コーヒーが増えるのはダージリンとケイのせいで、お菓子が増えるのはみほのせいだ。

「まぁ、買ってもらったのは仕方ないから温めるか。輸入製品は高いしな」

そう、買った本人を苛立たしくも、食べ物には罪はないのだ。美味しく頂く義務がある。
説明し忘れたが、カレリアパイはライ麦生地にミルク粥を乗せたパンで、ムスタマッカラは黒ソーセージのことだ。
カレリアパイは普段卵バターに乗せて食べ、もちもちとした食感が人気であり、ムスタマッカラは見た目は黒くグロテスクであるが、ベリーソースを付けて食べると香ばしい味と甘みが混ざって美味しいのだ。
ミカが一回持って来てくれて絶賛したらたまに買ってきてくれる。
おそらく日本では手に入らないはずだが、ミカの入手ルートは未だに謎である。

「まほさん、沸騰したよ」
「火を弱めよう」

かぼちゃ色のスープに甘い匂いと共に大きな泡がぐつぐつ浮かび上がる。弱火にすると、泡の勢いが弱まった。牛乳を入れて、ミキサーを握りしめたミカの方へ視線を送る。大人びいた端正な顔立ちであるが、その目は子どものように輝いている。

「ミカ、出番だ」


ガアアアァァーーーーーーー


ミキサーの音が部屋に響く。ミカが夢中で柔らかくなったかぼちゃを潰している間にサラダを用意して、カレリアパイをオーブンで、ムスタマッカラを電子レンジで温める。
冷蔵庫を開ける。さすがにベリーソースはなく、変わりにストロベリージャムを取り出す。

「ああ、ゆで卵が必要か」

かぼちゃスープの隣に水の入った小さな鍋に卵を入れて火をつける。

「まほさん、こんな感じでいいかい?」

ふわっとミカの体が寄りかかり、シャンプーのいい香りが微かに漂った。

「いいな」

意外と距離が近く、少し照れくさくなって自然に身を引く。

「味見するか」

スプーンを手にとり少し掬って舐める。素朴なかぼちゃの甘味が口に広がる。無言でいると、「どれどれ」とスプーンを奪い、ミカも舐める。

「私は好みだけどね、足りない味だね」
「コンソメを入れよう」

固形コンソメをひとつ鍋に落とす。待ってる間にゆで卵が煮立ち、殻を剥いて潰し、バターと混ぜる。

「もう直ぐ、完成だ。ミカ、軽く御膳立てしてくれないか」
「わかったよ」

ミカがいつの間にか置いていったマリメッコのランチョンマットを用意する。生憎お皿は和風柄しかないが、ミカがカレリアパイとムスタマッカラを乗せていく。
ミカの慣れた動作をぼんやり見ながらかぼちゃスープをまた味見するが。

「なんか、新婚さんみたいだねぇ」

ミカの一言でむせそうになる。

「変なこと言うな」
「なんだい、照れないでよ、まほさん」

少しイラッとしたが、もう少しで朝ごはんが食べれるのだ、と我慢しながら味見する。

「ん、いいな」
「まほさん、私にも味見してくれないかい」
「はいはい」

ミカが口を開けてねだる。まほはため息をついてスプーンで少量掬って飲ませる。

「いいね」

舌舐めずりしながらミカが笑顔で素直に感想を述べた。その無邪気な笑顔にふっ、とまほの顔が自然と緩む。可愛いやつ。

「まほさん」

一瞬ミカからかぼちゃスープに目がいくと、名前を呼ばれ、振り向く。かぼちゃ香りにミカの香りが混じる。唇に柔らかい心地よい感触。夢心地で目を閉じると、後ろでカチッと無機質な音がした。

「火、止めてなかったね、少し焦げちゃってないかな」



 幸いにも焦げていなかったかぼちゃスープにムスタマッカラ、カレリアパイとサラダを並べ、その横にストロベリージャムに卵バターを机の上に置く。

「コーヒーと紅茶どっちがいいか?」
「ベリージュースはないのかい」
「ない。とりあえず溜まったコーヒーと紅茶を消費したい」
「紅茶にするよ」

ダージリンに紅茶の淹れ方を教わってから、それを幾分簡略して紅茶を淹れ飲むようになった。只、最近ここで集まることが多く(理由は適度に広い、大学近辺であり、何よりいつも片付いている)、その度に手土産を貰うので溜まる一方なのだ。

「ああ、マイカップ家から持ってきたからそれで入れてくれないかい」

いつの間にか増えているムーミンのマグカップ。全く反省するどころか徐々に自分の部屋にミカがはびこっている気がしてならない。
紅茶を淹れ終わり、朝ごはんを挟んでミカと対面して手を合わせる。

「「いただきます」」

「やはりバターかぼちゃ1個で作ってしまうと量が多くて2人だとツライな」
「じゃあ、みんな、呼ばないかい?」
「ああ、いいな、皆で一品ずつ持ち寄って、酒も買って」
「持ち寄り会だ」

片付けが終わり、大学へ行く準備をする。一方で全く準備をしないミカに疑問を抱く。

「行かないのか?」
「大学の講義に意味があると思えない」
「真理を得ているようだが、それだとお前留年になるぞ」
「…..まほさん、それは言ってはいけないよ」

無視して玄関を出ようとすると、後ろから抱きつかれる。後ろから豊満な柔らかいものが背中が布越しで伝わる。その奥でかなり速くなっている拍動を感じた。肌で感じる熱も熱い。

「まほさん、いってらっしゃい」
「何の真似だ?」
「新婚さんの真似だよ」

 何だかんだ言って、まほはミカに甘い。
それは端正な顔立ちや憎めない性格も原因にあるが、その自分にない自由で不規則で無邪気な気風に少し憧れていたし、何より、朝ごはんを居心地の良い他人と食べるのは充実していて幸せな瞬間なのではないかと感じたからだ。

「いってきます」

そう言うと、ミカのジャージを引っ張り、キスをする。今度は深く、舌を絡めて感触を味わう。無味であるのに舌のザラつきでさえも気持ちいい。もう少しこのままでいたいが、時間が危ない。離した瞬間、ミカの顔が真っ赤になり、腰が抜けてしゃがみこむ。

「新婚さんなんだろう?」

まほは恥ずかしくて、ミカの帽子の端を引っ張り、顔が紅い自分を見られないようにミカの目を隠すため深く帽子を被せる。そして、思い出したように言う、

「ああ、ミカ。かぼちゃスープ、もう食べないならタッパーに入れておいてくれ」

帽子を持ちながら、珍しく大人しく頷くミカに苦笑する。美人顔な女性がふと見せる可愛い瞬間はいつも微笑ましいものだ。

「じゃ、又合鍵預けるから、気が向いたら合鍵返してくれ」


まほは姿勢良く颯爽と去り、扉が音を立てて閉まる。


「….返す訳ないじゃないか」


ミカは帽子を戻しながら笑った。まほさんはズルい。いつもズルいのだ。

END🎃


 《『逆よ、全く逆よ。自分と向き合うにはひとりになるんじゃないわ。
いろんな人と関わりあうのよ。お友達とおままごとしろって言っているんじゃないの。自分の知らない、自分を知らない人たちと関わりあうのよ。見えてくるわよ、本当の自分が。』ムーミンより》

2016年11月21日pixiv掲載

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