鶴頂紅(艦これ/翔加賀/#4)

#4 終わりと始まり

そこから翔鶴は私への想いは途絶えたのか、むしろ反動か、言葉に毒を含ませたり存在を無視するかのように接するようになった。仕方ないと思った。こんなぼんくらで愚鈍な者が初恋なんて不名誉に違いない。消したい過去ですらあるだろう。私と赤城さんの関係も変わらなかった。赤城さんは出撃から帰ると大概私の首を締めるし、何かを必死に忘れるようにがむしゃらに私を抱いた。

「MVPは翔鶴!」

私は24となり、翔鶴は17となっていた。もう翔鶴はあのあどけなさを全く感じさせず、立派なエース級の正規空母となっていた。瑞鶴の方も翔鶴に続いて目まぐるしい成長を遂げている。弟子たちの著しい成長を目にして誇らしい気持ちと寂しい気持ちを持った。年月を経るごとに私の艤装は自然と旧式になり頻繁に近代化改装が必要となった。

「頑張ったわね、翔鶴」

私が声をかけると、完璧な笑顔を浮かべ「ありがとうございます、随伴艦の皆様のお陰です」と答え、その場を去っていく。行き場をなくした手を自分の首もとにやる。それを一部始終見た赤城さんはクスクスと狐の様に笑う。

「フラれたわね、加賀さん」
「….完全嫌われたわね」
「あら、彼女はいつも加賀さん大好きですよ」
「赤城さんの方が好きなのよ」
「ふふ、あなたは本当に自分を卑下に扱うわね。加賀さん、知ってます?あの子最近論文を読んでるそうよ」
「論文?」

ばさ、と分厚く束となった紙が机に置かれる。

「ええ、深海戦艦と艦娘の因果関係や、艦娘への転生の仕組み、又その記憶は保持され得るのか。不思議な興味を持ってるわね。勉強熱心はいいことだけど、何が目的やら怪しいわね」
「….」
「気をつけなさい、加賀。昔から言ってるけど。あの子は化け物よ。私だってあの子の意図が読めないわ」

天候が悪い。そうして遂にその日が来たのだ。旗艦は翔鶴で、私も数ヶ月ぶりに第一艦隊に任命された。死闘の激戦。提督は撤退を判断したが、最後の強力な一発は翔鶴に放たれた。このままでは彼女は避けれないと判断した瞬間、私の身体が無意識に動いた。旗艦である翔鶴を庇い、私は運悪く急所に被弾した。客観的にその行動は明らかに不必要だった。新式なら被弾したとしても中破程度だが、旧式ならまともに喰らえば撃沈の可能性が免れない。常に周りを見て冷静な判断を下すのが自分は上手かったはずだ。だが、なぜ、助けた。翔鶴は震えながら私の元にしゃがみこむ。

「しょ、かく、」
「あぁ…..!!何てこと…!!何故ですか!?加賀さん、なぜ…!!!」

大破。あと一撃喰らえば私は海の底だ。その隙に敵は追撃を繰り出す。他の仲間が必死で応戦している。完全に撤退の足手まとい。
ここで手負いの加賀を背負い撤退は困難だ。翔鶴も加賀自身も経験上理解した。

「行きなさい、翔鶴」
「や、やだ!!私….私は!!加賀さんを置いてはいけない…!!」
「あなたは旗艦。立場わかるでしょう?私を見捨てなさい。ここであなたが沈めば今回の作戦が全て水の泡。足手まといを切り捨てること。それが、あなたの今の使命。」
「で、でも!!」

愚図る翔鶴に私はその白過ぎる頬に手を添える。羨ましい程造りが良く、妬ましい程愛らしいその顔が、私はいっとう愛おしかった。だがその時間も終焉を迎える。

「あぁ、くだらない、やっぱり不良品ね」

その言葉は小さかったが、加賀だけに聞こえた。心底軽蔑している声だった。瞬間、私の後ろから見えない矢が無数に飛んでくる。一本刺さった時、昔の赤城さんの言葉が走馬灯のように過る。

もし任務に支障きたすなら-ーーー

「加賀さん!?」
「え、嘘?なんで!?」
「嘘…でしょ?」

『貴方を沈めます。』

無数の矢に貫かれながら舞うように崩れゆく自分の身体。海へと崩れゆく中赤城さんと最期に目が合った。狐のように妖艶に笑う赤城さん。最期である筈なのにその瞳にパブロフの犬の様に全身が嬉しさで湧き上がる。
彼女に総てを奪い尽くされる歓喜で性的興奮さえ覚え、私はあろう事かこの状況に於いても絶頂をきたした。

あぁ、あぁ、貴方は本当に何もかも私から奪っていくんですね。
そういうところも愛しています。
お慕い申し上げております。

私は私自身である限り、つまり加賀という概念で有る限り、どんな赤城でも愛していく定めなのでしょう。嬉しいことに、悲しいことに。残酷なことに。

そして、数々の無数の加賀が言ったように、私は口を開く。

赤城さん、あなたがいれば、それで---

「加賀さん!!」

違う。
ああ、幼い子が泣いている。泣いている子は慰めないと。愛しい子。翔鶴は沈まないように私の手をとってくれた。意味のないことなのに。私はずっと懐に持っていたものを取り出す。

「翔鶴、あなた」

手にしていたのはあの時の紅白鶴。いつか翔鶴が話かけてくれたら、とずっと持っていた。今だなんて、神もいたもんじゃない。

「紅白鶴、落としていた、でしょう?」

あの夜、落としたのは。私と赤城さんの行為を見たのは。あなたね。
不思議だわ。あなたは運命通りなら高確率で翔鶴は瑞鶴を愛するはずなのに。あなたという個体はいろんな意味で異端なのね。

「か、がさ、んっ…..!!」

真っ白な顔に恨みと怒り、妬みの炎が燃え上がる。鶴は毒を持つ。その毒は鶴頂紅というそうだ。

「私はゆる、しませんっ!!憎いです!全てが!!この、運命が!!この繰り返される業が!!加賀さんが、私を愛さなかっ、たことに、赤城さんにすべて奪われた、ことっに、ぜったいに、許せませんっ、こんどの生ではっ、あなたのすべてを、奪いますっ!!」

彼女は異分子。翔鶴が加賀を好きになるなんてめったに聞いたことないもの。
初めからプログラムされているはずはない。

「愛しています、加賀さん。次の生で逢いましょう」

ああ、次の生では、あなたを愛せるといいわ。きっとね。

2019年8月5日 pixiv掲載

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