ネイル(バンドリ/さよひな)

「あぁ、もー、おねーちゃん、爪割れちゃってる」

久々に休日に双子の妹の日菜と一緒に過ごした。ご飯を食べて、動物特集番組をふたりソファーを並んで見る。特に動物が凄い好きな訳ではない日菜は少し退屈そうで、ただ私と一緒に過ごすために自分の髪を人差し指で巻きながら座っていた。それにも飽きた様子で私がテレビに集中していることをいいことに色々絡んでくる。髪を触ったり、三つ編みを編んだり、髪のアレンジをしたり。初めは注意していたが、日菜は聴く耳を持たず、徐々に行動が大胆になる。二の腕を触ったり、腕を絡めたり、手を握ったり、爪を観察したり。そして、私の爪を見た妹が吐いた言葉がそれだった。

「ギター弾くのだから当たり前でしょう」
「でもこれ、補強しないと後々痛いよ」
「ほっといて、ギターの為なら我慢するわ」

ガンコなんだから〜、と呟く日菜を無視してテレビのゴールデンレトリバーの子犬の可愛さに感動のため息を吐く。やっぱり犬は癒しね。

「おねーちゃん、こういうとこ女子力ないよねー。あ!!そうだ!!」

前半の無神経な言葉は聞き捨てならないけれど、他人の気持ちを汲み取るのが苦手な日菜のことだから仕方ないとして、私は日菜の眼に星が輝きだしたのを恐れた。嫌な予感がする。

「あたしがおねーちゃんのネイルケアすればいいんじゃん!」
「はぁ?」

やっぱり。瞬間で嫌な予感は的中した。

「いいでしょ?おねーちゃん!!家族なんだからタダで出来るんだよ!」
「あなた、できるの?」
「大丈夫!りさちーがやってるのを一回見たからバッチリ!」
「….はぁ」

一度見ただけで覚えれる能力はうらやましい。天才の感覚がわからない。あらかじめ日菜にあらゆる行動がプログラミングされてあって、見ることで思い出している感覚なのだろうか。
そうでなくても、日菜は本当に器用だ。職業アイドルなことや、今井さんが友達だけあって、ヘアアレンジや、ネイルや化粧も直ぐに取り入れて、流行にも敏感だ。パスパレの中ではボーイッシュなポジションだけど元々女の子らしいものが好きなのだろう。(曲がりなりにもアイドルだし)。

「ねぇねぇ、いいでしょー?いいでしょー?おねーちゃん!」

純粋無垢な上目遣いに私のシャツの裾を掴んで左右に揺らしておねだりする日菜。それがどこかさっき見た子犬と重なり胸がきゅんっとしてしまう。

(全く、アイドルってこんな練習ばっかりしているのかしら。)

先週の深夜のパスパレの番組の罰ゲームが可愛くおねだりだったことを思い出して(罰ゲームは予想通り丸山さんだった)、またため息をつく。それでも。
ふ、と笑う。あざとさがわかっていても、それでも思わず許してしまうのがプロのアイドルなのね。

「はぁ、わかったわ、お願いするわね」
「やったあ!ありがとう、おねーちゃん!準備するね!おねーちゃんはそのままテレビ見ていいよ」

日菜は部屋からネイルセットとお湯の入った洗面器を取ってくる。またソファーに座り、私の手を膝の上に置くとふにふに触られる。

「ふふ、おねーちゃん、指長くて爪も長くて綺麗だね」
「あなたも一緒じゃない」
「あたしは爪小さいんだよね〜、双子でもやっぱり形質は違うだね」

爪やすりで一本ずつ丁寧に磨き整えていく。日菜の手に触れられて気づく。日菜の手はちゃんとケアされていて、皮膚が滑らかで温かく心地よい。爪もちゃんと短く揃えて整えてある。

(何が綺麗よ、あなたの方が綺麗じゃない。)

そう言いたかったが我慢した。リムーバーを付けて、お湯に手を浸される。ふやけた甘皮を先の尖った小さな棒で日菜が楽しげに取っていく。爪の根元を突かれる感覚がくすぐったい。甘皮が剥けると、僅かに爪が長く見えた。

「あなた本当に器用ね」
「そんなことないよぉ」

ふふ、と私の手を大切そうに掌側から持って、次はベースコートを塗っていく。何だかこの体勢が日菜がお姫様に傅いている騎士みたいで少し恥ずかしくて、日菜の方でなく、テレビに集中する。

「ほら、この人差し指の先、割れかけてる」
「そうね」
「修復修復」

そう言って、日菜は接着剤を一滴垂らす。有名なギタリストでもアロンアルファを爪に使うことをこの間雑誌で読んだ。割れにくくなるそうだ。

「本当に接着剤って使うのね」
「何だかんだこれがいいよ、補強に」

日菜は指先の僅かな亀裂に爪楊枝で塗っていく。

「はい、完成」
「あ、ありがとう」
「ついでにマッサージしてあげる」

日菜はよく使うベルガモットのアロマが入ったハンドクリームを私の手の甲に出すと、両手で包み込むようにそれを伸ばしていく。ぎゅう、と手を握られて、器用に指先でツボを押して行く。特殊な素材なのか、塗られると温かくなった。程よい力でマッサージされ色んな角度で手を握られる。日菜の手がスベスベで、温かくて、触られるのが気持ち良くて、何となく意識してしまって、テレビに集中出来ない。私の手からハンドクリームの匂いが鼻腔を擽る。日菜の匂いだ、と思うと恥ずかしくて顔が熱い。ごく、と小さく唾を飲む。一方の日菜はいつもの様に涼しげな表情なのが憎たらしい。

「ひ、日菜もういいわ」
「えー、せっかくだから色塗らしてよ」
「いやよ、どうせすぐ落ちちゃうし、それに明日学校よ。私風紀委員だし、あなたの学校程校則緩くないの」
「おねーちゃんも一般生徒の気持ち知らなきゃ。それにピンクならバレないよ。注意したり気に入らなかったらすぐ落としたらいいし」

例によって何だかんだ強引な妹に弱い私は、薬指だけピンク色のネイルを塗らせた。ピンクでも色んな種類のネイルを見せられて、「どの色がいい?」と聞かれて困って挙句、「どの色もピンクじゃない」と答えると、「あはは!彩ちゃんに怒られるよー!おねーちゃん!」と笑われた。

「こういうのは感覚だよ、好きなのは直感でいいよ」

そんなものなのね。これがいいわ、と控えめな、だけど何となく惹かれる色を選んだ。スタイリストに特別に貰ったブランドのネイルらしい。シンプルなピンク色なのにどこか品がある色。何となくRoseliaぽい色だったからと言えば笑うかしら。日菜はいいね、と一言言うと、そのネイルを取って丁寧に塗っていく。実際塗ると、魔法がかかった様に自信がなかった手が綺麗に見えた。あまりしないオシャレに、似合ってる?本当に似合ってるのかしら?変だと思われないかしら、とドキドキして不安になって、日菜をちらりと見る。

「あは、さすがおねーちゃん。綺麗」

そんな不安は日菜が一言で一蹴してくれた。私の手を持って、爪の色の発色を見て満足げに、愛おしげに柔らかく微笑む日菜に、また胸が痛くなって顔が赤くなる。鼓動が早く波打つ。

綺麗なのはあなたよ。

その手を引いて、軽い体を引き寄せると、そのまま唇にキスをする。すると、日菜の顔が私と同じぐらい赤くなって完全に狼狽えを見せたのを感じた。

「お礼よ」

動物番組のエンドロールが始まったので、クッションを日菜の顔に押し付けると、固まったままの片割れを放置してそのまま部屋に戻る。部屋のドアを閉めると、遠くで日菜が「おねーちゃん、もう一回!」と嬉しそうに大声を上げて近づいてくる音が聞こえて、思わず笑ってしまう。いやよ。そう呟いて、私は左手の爪にこっそりキスをした。


END



「あれ紗夜さん、薬指ネイル塗ってます?」

「戸山さん。よく気づいたわね、学校でなんて、少し恥ずかしいのだけど、日菜が無理やり塗ったのよ」

「はは、日菜先輩ったらー。でもいいですね!綺麗な色です!」

「…日菜がね、ふふっ」

「日菜先輩がどうしたんですか?」

「ふふふ、ごめんなさい、笑いが止まらなくて」

「嬉しそうですね(紗夜さんもこんな風に笑うんだ)」


ふにゃふにゃおねーちゃんエンド。

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