3月のうた(バンドリ/みさここ)

1.

メーデー、メーデー、メーデー

人類は間も無く滅亡を迎えます。
2xxx年3月x日のある日から降ったあの雪に何かしらの原因があるようで。この間死んだあの頭でっかちな専門家はなんと言ったか、歴史上の異常気象やらウイルスやら雪の中の分子レベルの毒だか、微小なUFOの仕業やら一一一が地球に蔓延して、地球人の大量殺戮を繰り出されているのだ、とのたまっていた。こういう時になって、人類の滅亡はあっけなくて、今までにもやろうと思えば幾らでも出来たのだということに気づかされる。何故か昔ハマったウォーキング・ザ・デッドを思い出した。ゾンビ化は幸いもないけれど、人々は雪の上で眠る様に静かに死んでいった。

「美咲!こっちよ、こっち!!」

待ち合わせは新宿駅東口のルミエスト下の交番前。一時期1日364万人と世界で1番人間の出入りが激しいと呼ばれるこの駅も、もう周囲は数えれるほどしかいない。廃墟と化した新宿で、弦巻こころの姿はおとぎ話の妖精かのように現実味なく存在が輝いていた。いやいや、これは客観的に。主観は入ってないはずだ。一緒に渋谷に歩いていたら何回もスカウトされたことがあるのがその証拠。大きい鹿のような目に長い睫毛、鼻筋通った鼻、日本人離れした小さい顔に長い手足、細く長い傷みを知らない金色に近い髪に白く滑らかな肌。それは勿論愛しいものだけど、鈴のような声と、この世の軽蔑といった感情を知らないような無垢さが格別に好きだった。

「こころ、そんなに声上げなくてもわかるよ」
「だって、早く会いたいじゃない」

そう言う美少女に私は甘くて、無言でその白い手を握った。『とびっきりのデートしましょう!』と彼女は3日前突発的にそう言った。考えた末、あたしが用意したのはごく普通のいつも通りのデートだ。

「今日はどこいく?」
「んー、コーヒー飲みたいわ!」
「コーヒーかぁ。あー、タリーズコーヒーが新宿3丁目にあったかも」
「じゃあ行きましょう!」

はいはい、と引っ張ると、素直についてくる。誰も見てないのに優越感を抱いたりして。ライオンの銅像を通り過ぎて横断歩道を渡り、今は何もないアルタ前まで歩くと、「あ」とこころは思い出したように呟く。

「紀伊國屋に寄っていいかしら?」
「新しい本読みたいの?」
「いいえ!」
「ああ、」

本を読みたいのでないなら、目的はひとつ。
本屋の「店長」に会うためだ。本屋の店長、といっても、自称だし、その自称は以前の世界ならかなりヤバイ発言だけど、人類滅亡となる今となって今更だった。
動かなくなったエスカレーターの階段を登り4階へ目指す。その科学専門書を扱うフロアに彼女はいる。レジの横に改造スマートフォンでラジオを流しながら店番をしてる。ダイアナ・ロスの曲が店内に流れ、妙にレトロでアンニュイな雰囲気を醸している。

「日菜!」
「あ、こころちゃんだ、いらっしゃい」

性格なのか、読んだ本を棚に戻しておらず、大量に本を積み上げてある。しかも、私が一生読むことはないだろう、辞書のように分厚くて、大きい本だ。日本語やら英語以外にも中国語、フランス語、どこの国かわからない言語で書かれていて、「これ全部読むんすか」、と聞くと「え、辞書見たらヨユーで読めるでしょ?」と真顔で簡単に言われたことがある。いやいや、読めないから。何言ってんだこの人。
日菜、と呼ばれた人はいつもレジの机に座って本を読んでいる。店長としての店番にしては中々礼儀悪い。

「デート中?」

ちらり、とこっちを見てニヤニヤして言われて顔が熱くなるけれど、「そうよ!」とこころは簡単に肯定するのに恥ずかしさで軽く背中を叩く。

「日菜は〜、今日もおるすばん?美咲とコーヒー飲むのだけど、日菜も一緒にどう!」

『おるすばん』
店長、氷川日菜さんは、ここでずっと紗夜さんという双子のお姉さんと待ち合わせをしている。
あの初雪の降った日は丁度お互いの誕生日でデートする予定だったようで日菜さんは本屋の前で待っていたそうだ。いくら待ってても来なくて携帯を確認すると、「中で本を読んでて待ってて。すぐ行くから」とLineを残されてあり、それが最後のメッセージとなった。
そこから、いつも必ず行く宇宙専門書のコーナーで窓から人がバタバタ眠るように死んでいることに不思議に思わず読書していたらしい。日菜さんは今でも本を読み続けている。お姉さんはここに来ると信じてるのだろう。
あたしはその日は来ないことに薄々気づいている。ただ、それを伝えるのはきっとあたしじゃないし、言うべきことでもないことにも気づいていた。

「いいよ、デートの邪魔しちゃ悪いし。私はやることあるからさぁ」
「あら、残念。じゃあ、また今度行きましょう、日菜!本ばっかり読んだら目が悪くなるわよ」
「あはは、また今度ね」

こほ、と日菜さんが咳をする。前より痩せたなと思う。先週よりまた小さくなっている。日菜さんだけじゃない。あたしもこころも痩せた。日菜さんが前言っていた。きっとあたしたちが何かしらの耐性があったとしても、永遠じゃない。確実に日に日に弱っていて、いつか、眠るように死んでいった他の人たちと同じように死へのカウントダウンが既にリアルタイムで始まっているんだ、と。この店長は顔立ちや行動は幼いけれど、実際に凄い人だった。初めは言動が独特過ぎて信じられなかったけど、一度雑に床に捨てられた手紙を見たことがある。英語で書かれた日菜さん宛の差出人は「NASA」。封は開いて床に捨てられていたので興味本意で見ると、彼女の写真が貼ってある重厚そうはIDカードとこれまた長々英語で書かれた手紙。
『Mars 』『invitation』『 leave the earth』 『privilage』
知ってる単語を繋ぎ合わせて見ると、予測できる内容。

火星への移住の推薦招待。

日付を見ると、7年前。なんてリアルな年だ!と唖然とした。同時にそこであたしはこの状況を把握した。きっともうお偉いさん方は遥か遠くの火星にとっくに避難していて、あたしたちフツーの地球上の平凡な地球人は見捨てられたのだ。日菜さんはその事実を知っていて、ここに捨ててあるということは、どういう訳か断ったのだろう。毎回何故か聞こうと思うが、いつも会話が切り出せないかった。いつもは日菜さんは直ぐにあたしたちを笑顔で見送るけれど、今日は違った。

「ねぇこころちゃんはいつまでそうしてるの?」

鼠を追い詰める猫のような顔をしてる日菜さんにこころは動じなかった。

「なんのことかしら?」
「ふふ、楽しそうだから別にいいけどね、そろそろ決めなきゃ。終わりがくるよ」
「そうね」

終わり。それは人類の終わりの意味だろうか。ちらりとこころがあたしの方を見てきたからにへら、と口元だけ笑うと、笑顔が返ってきた。それをまた猫のように観察する日菜さんがまた咳をする。今度は少し長めの咳だった。その手に血液が混ざっていたのをあたしは無意識に見て見ぬ振りをした。こころは気づかず会話を続ける。

「ねぇ、サヨってどんな子だったの?」
「んー、とても優しかったよ。世界一のギタリスト目指してた。格好良いし、優しいし、すごかったよ。宇宙一、尊敬していて」

宇宙一、愛してる。

光が反射して、日菜さんの目に何がが流れている気がしていたけど気のせいなんだと思った。だってさ、この人は。だって。
でも、後から思ったことだけど、こころは日菜さんの時間が少ないことを本能的に感じとったのだろう、「美咲、少しだけ向こうだけ向いてて」とだけ言って日菜さんの元に走った。抱きしめるところが視界に入って、イラっとしたから慌てて目をそらす。余りにも長いからきっとキスもしてる。「普通」になれないふたりの空間は少し苦手だ。こころが遠くにいる気にさせるから。日菜さんとこころが出会った時、こころがすぐに同類を見つけた笑顔が忘れられない。例え、友愛のキスだとしても、もうすこし短くてもいいじゃん、ばか。帰ってきたこころはあたしの裾を掴んで少しバツの悪そうな可愛い顔をしてきた。私は格好つけて何とでもないという顔で彼女の髪を撫でる。視界の端で日菜さんはもういつものようにこっちを見て手を振って笑っていた。後ろでラジオの天気予報が流れて、『今日も雪が降ります』とまた当たり前の事を言っていた。

2.

「あたしは、皆をしあわせにしたかったの」

紀伊國屋を出て、タリーズに向かう。伊勢丹のショーウィンドウは数週間のうちに服は盗まれ、人形だけが深紅を背景にして喜劇の様にポーズをつけて飾られてある。所々割れてあるが、何だかそれもなかなか頽廃的でストーリー性があるような気がする。人形の下でごろりとアクセサリーを付けたピンク色のクマの人形が飾られているのが目に映り、何だか親近感が湧いた。

「過去系なんだ?」
「叶わなかった夢だからかしらね」

ショーウィンドウに映るこころはちっとも悲しそうでない。悲しくなったのはあたしのくだらない感傷だった。だから、あたしはそれにコメントする。ささやかな反抗だ。

「そう言うなよー。まだ生きてる人間はいるんだから」

そうぼやくと、こころはこちらをくるっと向き、華やかに微笑んだ。

「その通りね、美咲!」

…なんだよ、それ。そんなに儚く笑うなよ、バカ。今にも消えそうな顔なんて、あんたがするな。何だか沸々怒りが湧いてきて、隠すように手を引っ張り、早足で歩いた。

交差点を渡り、タリーズコーヒーに着いて、自動ドアを壊して恒例の不法侵入。コーヒーメーカーを探して、いまいち種類の違いがわからないコーヒー豆を探す。扱ったことない機械をあーだこーだと弄ること10分あたしの無駄な小器用さのおかげでようやく一杯のエスプレッソが入れることが出来た。もう一杯はカフェラテを入れて、階段に登り、二階の窓側席に座った。客はもちろん、あたし達しかおらず、貸し切り状態だった。

「美味しいわ!美咲!」

カフェラテを一口飲んだこころは至極喜んだ。今まで彼女は一様に何でも喜ぶので、逆に本当は何も思ってないのではないだろうかと自分も一口飲んでぼんやり思う。窓の外はまだ雪が降っていて、日中の新宿と思えない静けさが漂う。コーヒーの匂いを嗅ぎながら、この奇妙な光景に感想を述べる。

「これが世界の終焉かぁ。なんかあっけないもんだねぇ」
「そう?あたしは好きよ。ロマンチックじゃない?美咲とふたりっきりみたいで」
「….そーですか」
「そうよ?」

そのこちらに向けられる笑みが妙に艶があって大人っぽくて、心臓がバクバクして、同時に不安だった。無防備に机の上に置いてある手を恥ずかしながら取ると、自然と視線が交錯する。形の良い桃色の唇が開く。

「美咲、キスして」

こころは昔から欲望は全て口にする。あたしはいつだって、ヒーロー気どりで叶えようと思ってた。仰せのままに。唇を寄せて触れ合う。ばっちり目を開けているこころに美咲の半目は可笑しいわ、とからかわれたから目を閉じて、キスを繰り返す。唇でこころの感触を味わって、舌が出てきたところを吸い取り、無味の柔らかさを堪能する。ずっと手は握ったまま。あたしとこころの世界が繋がれるように。離れない様に、したはずだった。

「ねぇ、美咲。」、と彼女は耳元で囁く。

───あたしと一緒に火星にいかないかしら?

あたしの時間は美しい声を掛け声に一瞬にして止まる。甘い声の、脳が蕩けそうなほど甘美な誘いだった。開いた双眸に映ったこころは本当にいつも通りの弦巻こころで繋がった手は微かに震え、ようやくこころの心を覗けた気がした。シャンパンゴールドの綺麗な眼としばらく向き合っていたけれど、あたしは瞼をそっと閉じて、ふ、と笑う。

「あたしが火星なんて似合うと思う?」

あたしはそっと優しく肩を押し、こころの華奢な体を引き剥がす。手を頭に乗せて撫でる。いつも通りのへらっと笑ってみせて、幼い子どもに教えるように諭した。

「あたしは、フツーに生きて、フツーに死ぬんだ。この地球という星で。ただそれだけ」

あたしはピンクの熊の着ぐるみがなければヒーローになれないから。
あたしはこころみたいに特別な人間なんかじゃないから。
あたしはただの臆病な地球人だから。
あたしなんかが選ばれた人間が住む火星なんかに住める訳がない。そもそも地球以外の星に住む気がなかった。

「そう」

一瞬。ほんの一瞬。こころの眼に軽蔑の感情を含まれた気がした。臆病者、とそう内心叫びたかったのかもしれない。こころがそんな風に他人や世界を見たのは、初めてだった。いや、もしかしたら今までにもあたしだけだという確信があった。過去でも、今も、きっと未来も。そんなあたしはある意味世界で最も運がよくで最も運が悪い稀有な存在と言えるかもしれない。

「ミッシェルなら来てくれるかしら?」

こころは歪んだ笑顔を作り、続ける。

「きっとね」

あいつはヒーローだから。あいつならきっと、「仕方ないなぁ、こころは。行くよ、火星に」と言うだろう。初めてあたしとミッシェルは違う生き物であることに気づかされる。キグルミ一枚の差なのにこんなに、違う。気まずい雰囲気が苦手で、あたしは立ち上がる。どちらにせよ、このデートは終わらせないといけない。とびっきりのデートというミッション。こころが中断させない限り、喜劇は継続する。

「そろそろ行こうか、映画でも見る?」
「ええ」

SHIPSで残ってる服を見た後、ゴジラのいるTOHOシネマズで、自作のポップコーンを食べながら昔の映画を見た。冷たい海でヒーローがヒロインと別れを告げるシーンでこころは手を握り、その日初めて涙を流した。いつまでも泣き止まないから、あたしは困ったけれど、泣き止むまで小さな骨格ごと抱きしめてあげた。ひとしきり泣いた後、こころはふっきれたように笑顔を取り戻した。帰りも手を繋いで、こころを駅まで送る。

「美咲、あたしがみんなを笑顔にできなかったことにそんなこと言うなよ、って言ってくれたじゃない?」
「うん」
「あたし、少しがっかりしてたのよ。皆、笑顔じゃなく死んで行く姿を見て。何かしてあげなきゃ、笑顔にさせてあげなきゃ、と焦って、何も出来なくて。でも、美咲がそう言ってくれて、救われた気がしたわ」
「そうなんだ」
「美咲はいつだってあたしのヒーローなのね。ありがとう、今まで。あたし、幸せ者ね」

心が鉛のように重い。あたしはどこか絶望する。ずっと内心こころに大人になって欲しくなかった。幸せな世界で幸せなまま暮らして欲しかった。そんな、諦めを知った大人な笑顔なんて、一生見たくなかった。それがとても美しくて、最もらしい成長だとしても。
あたしは、子どものままの笑顔のままの弦巻こころでいて欲しかった!

「楽しかったわ!さようなら、美咲」

それでも、あたしはこころの全てを愛してる。それだけは、確かだった。

3.

その一週間後、こころはいなくなった。「ノアの箱舟」から取った皮肉な名前の宇宙船は地球から星のように輝きながら火星へ向かっていく。あたしはそれを寝転びながらぼんやり見つめる。
毎日の雪という異常気象にも関わらず、今年も桜は無事開花した。花見をしに、今日は日比谷公園までひとりでお散歩。春に近いのか、眠気がひどく、怠くて、そこにあった桜の下のベンチで寝転がった。日菜さんからもらったラジオを聴きながらうつらうつらしていると、ザ、ザザーッ、と砂嵐のような雑音が入った。その後のクリアでハッピーな声。

『ハローハロー、聞こえるかしら?』

この声は。とはっとして起き上がろうとするけれど、身体に力が入らない。何故か声も出にくい。

『宇宙船の弦巻こころから、地球在住の美咲へ。』

涙がどんどん目の淵から溢れて流れていく。数日前会ったばかりなのにもう懐かしかった。いっとう愛しかった。

『地球では桜はもう咲いたかしら?』

鼻水が出てきて、腕で擦ると、裾に付いたのは大量の鼻血だった。こんな時も格好つかないなんて、と自分を嘲笑う。

『あたし、すっごく考えたのよ。あなたがいることでどんなに幸せだったか、側にいなくなってすごくすっごく気づいてる。でも、今あなたが地球にこだわる理由もわかるわ。だって、こんなに美しい青の星はないもの!』

咲いたばかりの桜の花弁が雪と共にあたしの上にどんどん落ちてゆく。自分の顔に落ちた花びら1片を摘んで、漸く名残惜しさが襲ってくる。あの寿命が短い詩人は雪を見ながらなんといったかな。その詩がふと思いだされた。こころ。こころ。あぁ、こころ。会いたいな。会いたい。

『それでも。あなたが一緒にいなくても、あなたがいない未来でも。20億光年分あなたを愛すことを誓うわ』

なんだそりゃ。相変わらずこころらしい規模だなぁ。

『美咲、あいしてるわ。星で一番、愛してる』

こころは歌う。あたしはこころの歌声が一番好きだった。世界中の皆を笑顔にする歌声。火星に送り出してよかった。あんたの明るさは宇宙で失ってはいけないんだ。いやいや、これは客観的に。主観じゃないはずだ。ああ、それにしても眠いな。眠すぎる。起きたらこころに返信でもしたいな。宇宙船への通信の仕方もまた見つけなきゃ。日菜さんに手伝って貰わないと。そして、伝えるんだ。

《わたしの上に降る雪に いとねんごろ感謝して》

「こころ、おやすみー。私も20億光年分愛してる」


《神様に長生きしたいと願いました》


ヒーローでないあたしは呆気なく春の眠りについた。眠りについた後の最期の最後までこころの歌声が聞こえた気がしたから、あたしはきっと最高に幸せだった。

END


(Hello! Happy World!!)

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