サムシング・グレートの羽は蝋でなく、ピエロの顔は仮面じゃない(バンドリ/ひなちさ/R-18)

あつい。
あつい。
あつい。


 会場の熱気にノボせてしまいそう。観客のアポクリン腺から出る汗の匂いで興奮が全身で感じる。暗闇からスカイブルーのスポットライトが私達をスーパースターのように照らす。承認欲求が物凄い勢いで満たされて、脳内でドーパミンやらアドレナリンといった神経伝達物質が巡って、心臓の鼓動を早くする。複数の目が、私達を、私を、見ている!!背中からゾクゾクとした感覚が這い上がる。舞台とはまた一味違う感覚。何千回とのライブで頭で考えなくとも身体が次の指の動きを覚えている。音も何千回と聴いて同じ様になるはずだった。

不意な不協和音。

最初に感じたのは只の違和感。
いち早く気づいた麻弥ちゃんが巧みなテクニックでその不協和音を気付かれないように音を隠していく。しかし、それはその場しのぎでしかなく。その音は、強い個性を爆発させて。まるで宇宙の誕生の前のビックバンのように。水素の核融合反応のエネルギーで輝きを生み出して、恒星が誕生する瞬間のように。私はため息をついて目を瞑る。あぁ、また「学習」したのね。
「天才」の進化。
自分にとって、パスパレというグループにとっても恐ろしいことだった。私はその源を見据える。その小さな背中から感じる膨大なエネルギー。誰が聴いても、それは明らかに常人を逸した音楽。非凡な、他にない才能が爆発する。そして、気づく。あの子が不協和音じゃない、あの子についていけないか私たちが不協和音なのでは、と。

『追いつけない。』

目の前の天才に、本能がそう言ってしまった。私はその瞬間、躊躇した。
だけど、救われたのは、パスパレは私やあの子だけじゃない、「グループ」であったこと。

「日菜ちゃん!」

ボーカルの彩ちゃんが興奮して叫ぶ。「最高だね!」とあの子、日菜ちゃんに笑いかける。彩ちゃんは多分自分の行動に気づいていない。彼女は無意識に日菜ちゃんを諦めない。躊躇せず、迷いなく日菜ちゃんを追いかける。

「うん!るんるんする!」

日菜ちゃんが彩ちゃんに気づいて、私は安堵する。不協和音が薄くなる。彩ちゃんの歌声に救われた。決して完璧じゃないのに。全てを包括して、人を魅せる歌声。そこに滲み出る何かは不思議と人の心を震わせる。
それだけじゃない、麻弥ちゃんが全体的なリズムを整えて、イヴちゃんの天性の性格と演奏力で日菜ちゃんとぶつからずに絶妙なハーモニーを生み出している。
私は?この中で私はどういう役割なんだろう。ただ日菜ちゃんの才能に萎縮して、力が発揮できずにいるただの楽器を持っている女優だ。

「あー、太陽つかんじゃった気分」

ライブ後の打ち上げで、日菜ちゃんはタオルを首に巻きつつオレンジジュースを飲みながら呟いた。

「日菜さん、今日凄かったすね!自分、ヒヤヒヤしましたよー!!」

麻弥ちゃんは頬をかきながら言う。

「おねーちゃん来てたんだ」

その言葉に私は気分が落ちるのを感じた。それでもパスパレのギタリストは続ける。

「最近のロゼリア凄い。いやおねーちゃん凄い。背中からゾクゾクするし、るんるん来る!!おねーちゃんの姿見て、るるん!って来るの見せたくなっちゃった!」

胸の奥が重くなる。氷川姉妹は運命の姉妹だ。お互いがお互いの成長のきっかけで、それは神様が綿密に計画して2人を生み出したのだろうというほど宿命的で。2人はどこにいてもお互い愛憎激しく惹かれ合う。
これは双子の「共鳴」ってやつなのかしら。小さい頃本で読んだ時はそんなことある訳がないと思っていたけど、実際目の前の双子を見ると、それを意識してしまう。
紗夜ちゃんの存在はこのまま眠っていてほしい天才を無意識に進化させてしまう。紗夜ちゃんに悪いけど、本当によけいなことしてくれるわね。紗夜ちゃんの存在がパスパレの音にひずみを作ってしまう。

「気にし過ぎかしら」

私は性格上色んなことを予測して心配する癖がある。根が心配症なのだ。起こる可能性を沢山予測して、構えて、現実起こらなかった時に安心するのだ。大丈夫なのに。そう、程度の差あれ、私達もまた成長している。解散なんかしない。日菜ちゃんが言ってたじゃない。彩ちゃんの努力の行く先を見るまでパスパレに居続けると。

「ちーさーとちゃん、かえーろ」

ライブ後、興奮が治らない日菜ちゃんは密かに私を誘う。皆が外で話し込む中、こっそりと手を引いて輪の中から離れさせる。その瞬間はヒヤリとするけれど、この瞬間は特別で、好きだった。日菜ちゃんにとって私は特別なんだと思えるから。お互いサングラスにマスクと帽子をして、手を繋いだまま引っ張られた先はネオンサインで書かれた看板と装飾はお城のように綺麗だった。あまり物欲がない日菜ちゃんはここであり得ない程お金を使う。何故かと聞くと、「千聖ちゃん綺麗で広くて秘密が守れて静かなとこ好きじゃん?」、と可愛いことを言ってくれる。水色のライトで照らされた大きな湯船にふたり浸かる。後ろから抱きしめられて、首筋に吸いつくように唇を寄せられる。

「ん、くすぐったい」

身をよじると、水音がちゃぽんと聞こえた。水の生温い温度と日菜ちゃんの体温が心地よい。日菜ちゃんの鼓動が速いのが背中越しに伝わって、正直、嬉しかった。

「あー、千聖ちゃんって、ほんと、肌すべすべだし、るんるんるーんってする」
「どういうこと?」

自分で思うより甘い声が浴槽に響く。体重を日菜ちゃんに任せて暖かい腕に包まれて、笑顔に心が溶かされる。

「大好き、ってこと」

日菜ちゃんが私の頬にキスをして、ぎゅーと抱きしめられる。

「千聖ちゃんもあたしのこと好き?」
「好きじゃなきゃこんなこと許さないわよ」
「そっかぁ」

日菜ちゃんの指が入っていく。濡れてないかも、という心配は無用で、私のそこは日菜ちゃんの指をすんなりと咥える。

「あは、濡れてる」
「黙って」

恥ずかしくて身をよじると、中の指を動かされながら片手で顎を掴まれて後ろからキスされる。お腹がきゅうと嬉しくて痛くなる。

「ん」

指が陰核を弄り始め、ぬるい快感が下半身に走る。気持ち良くて、もっと気持ち良くなるように唇で求めた。

「はっ、ふっ」

片方の指先でソフトに肌を触れられて、背筋がゾクゾクする。やめて、と手を伸ばすけど、後ろに上手く手を伸ばせられない。後ろ向きだと、抱きしめられる感覚はするけど、日菜ちゃんを触れられないから少し苦手だ。

「ひなちゃ、」
「ん?」
「顔、見えないの、やぁ」
「やだぁ?わかった」

首に一度唇を付けられた後、手をゆっくり離されたので、立ち上がり、向きを変えて日菜ちゃんの膝に座る。にやにやする日菜ちゃんを睨みつけながら細い首に巻きつけて、ドラマのように綺麗な絵面でキスをする。日菜ちゃんの指が顔の輪郭をなぞり、首へ降りていく。首へ降りると、次は胸。乳首までたどり着くと、手のひら全体で揉んで行く。目をつぶり、感覚に耐えていると視線を感じた。何、とこちらも視線で問うと「え?何もないよ?あー、綺麗だな、って」と唇を重ねらる。日菜ちゃんはいつもタイミングが突然だ。顔が好き。いつも正直に言ってくれるから自分の顔は好き。顔以外はないの?、と聞くと、うーん、声とか仕草も?とりあえず見てたらずががーん!かなぁ?と言った。唇はまた首に移る。仕事上痕つけたらダメと常に言ってるから、日菜ちゃんはつけない。右手はまた下に降りて触れていく。

「んっ、そこ」
「ここ?」
「あっ」

自分の喘ぎ声が響いて、恥ずかしくなる。けれど、日菜ちゃんは容赦なく攻めてきて、私は声を止められない。お風呂の温度なのか、感覚のせいなのか、頭もふわふわしてきて、気持ち良さにだんだん包まれる。手を背中に回して、感覚に耐えようとすると爪が皮膚に引っかかる。日菜ちゃんの顔が一瞬歪んだのに、不本意ながら興奮してしまった。
  もし日菜ちゃんの背中に羽根が生えてたら、とぼんやりした頭でふと考える。紗夜ちゃんなら機械仕掛けの羽根を精密に作り、同じ様に飛ぼうと必死に努力するだろう。でも、私は。

「うっ、あ、」

日菜ちゃんの顔がますます歪む。当たり前。少し伸びた爪で強く引っ掻いているから。強くなる感覚に縋り付くふりをして、引っ掻いて痕を残していく。高まる感情。

  私なら、その羽根がイカロスの羽根であることを願うし、その羽根が本物なら毟りとって、同じ地に歩きたい。

「う、いたぁっ、千聖、ちゃん!」
「日菜ちゃん」

ダメね、私。やっぱり最低ね。紗夜ちゃんみたいに日菜ちゃんを純粋な気持ちで、真摯に向き合えない。
強い感覚の波に襲われて、頭がちかちかする。ぬるい余韻が残り、足が律動的に痙攣した。濡れた手で日菜ちゃんは私の頬を心配そうに撫でるのをぼんやり見つめる。

「ねぇ、どうして泣くの?どうして悲しそうなの?どうして気持ちいいはずなのに辛そうにしてるの?気持ち良くない?のぼせたの?あたしのこときらい?ねぇ」

日菜ちゃんは疑問を全て聞いていく。私さえ答えがわからない質問を浴びせられて私は馬鹿な女のように泣くことしか出来ない。純粋な質問とわかりきっているのに、私はただ涙を流す。唇は思ってない言葉を紡ぐ。

『距離を置きましょう?』

日菜ちゃんがわからなくて。自分がわからなくて。この関係が何なのかわからなくて。いつか来る終わりを予感して、それなら自分から終わらした方が楽なのではないかという合理的な思考に支配されて。でもこの子を好きであることが諦めなくて。
私は何。私はどうしたいの。

「ナニソレ」

日菜ちゃんの声に背筋が凍る。肩を掴まれて、ヘリに押し倒されて、背中の痛みに顔が歪む。日菜ちゃんの顔は怖かった。ただただ怖かった。だけど震えながら口を開く。

「日菜ちゃん、私、怖いの。日菜ちゃんが。パスパレが解散することが」
「意味わかんない、何であたしが怖いの?それにパスパレ?意味わかんないよ!」
「気づいてなかったのね」
「え?」
「今のバンドの音の歪みだしてることに」
「は?歪み?歪みだって?あはは、それがあたしのせいっていうんだ」

いつものようの人を馬鹿にしたように聞こえる言葉を放つ。それが、ダメだった。押しとどめていたものが溢れ出す。

「天才にはわからないわよ!あなたの成長がどんなに恐怖か。理解できないっという苦しさが。あなたのギターは劇的に進化してる。アイドルと思えないわ。私も彩ちゃんも皆んな成長してる!!でも、私は。私たちは一生あなたに追いつけない!!このままでは私はあなたを傷つけて足を引っ張ってしまう」

もう逆上せてしまいそうで、私は日菜ちゃんの腕からすり抜けて、浴槽から出る。バスローブを着て、振り返ると、ガラス越しに日菜ちゃんが浴槽に入ったまま考え事をしていた。ここで、追いかけて欲しい、と思ってしまうなんて、面倒な女ね。

   気がついたらベッドの上に寝ていて、日菜ちゃんの顔が近くにあって驚く。その顔を見ると、自然と涙が流れる。離れたくて、でも離したくなくて。そんな我儘な感情が強く出てしまう、唯一の相手。日菜ちゃんは優しい顔をして、丁寧に涙を拭いてくれる。

「何で泣くかなー?あたしとこころちゃんとなんでこんなに違うんだろ。こころちゃんは皆を笑顔にできるのに、あたしは皆を悲しい顔にしかできないんだ」
「そんなこと、ないわ」

本心であったけど、ありがとう、優しいね、と額に唇を落とされる。

「千聖ちゃん、ずっと前も言ったじゃん?あたしは理解なんて求めてないんだ。とっくに諦めてる。他人が他人を理解するだなんて出来ないし、只のわかった気になったエゴイズムでしかない。それに皆にはそんな風に思って欲しくないんだよね。それは身勝手なことなのかな」

首元にキスが降ってくる。覆い被さられて、手を強く握られて、いつの間にか逃げられなくなった。それでも、私が逃げなかったのは、彼女が珍しく弱々しい表情をしたのを見てしまったからだ。

「泣かないで。離れるなんて言わないで、やっとおねーちゃんを取り戻して、自分の居場所ができて、やりたいことが出来て。好きな人が出来たのに。お願いだから、昔のおねーちゃんみたいに、今まであたしから離れた人達みたいに悲しいこといわないでよ。」

日菜ちゃんは泣いた。きっと日菜ちゃんはその意味を知らないのかもしれない。私の感情に少しでも心が反応してくれたなら、それは嬉しいことだった。とても。

「あたしはどんだけ傷つけたっていい。あたしの足を引っ張って地面に引きずり落としたっていい」

舌が胸に強く吸い付いて、私はまた抱き締める力を強くする。さっきつけた背中の痕の上をそっと撫でて。日菜ちゃんは泣きながら私を痛いくらい強く抱いた。その触り方は皮膚の下まで伝わって、私は胸が熱くなる。

「離すもんか。ただ、側にいてくれれば。ただ、笑って側にいてくれれば、それでいい」

ねぇ、日菜ちゃん。私、気づいたの。
私、日菜ちゃんの羽根になってみたかった。私の小さな掌が日菜ちゃんに翼を与えて、嬉しそうに飛ぶ姿を見て見たかったの。
でもあなたは元々本物を持っていたから。
飛ぶために誰も必要としなかったから。
でも日菜ちゃんが欲しいのはこんなに面倒くさくても笑って側にいてくれるピエロなのね。

「あたしは、千聖ちゃんが好きだよ」

知ってるわ。あなたが大切なものに対してサイコパスな程あきらめが悪いことも知ってる。

   終わった時、私の身体は満たされて、日菜ちゃんに後ろから包まれて寝ていた。ふと左手に痛みを感じて手を見る。左手の薬指の噛み跡。

「もう。痕は付けちゃ、だめだって言ったのに」

日菜ちゃんは初めて私に自分の所有の印をつけた。数日には消えているけど、何だかこれだけは紗夜ちゃんに勝てた気がして、私は不安が減った。

この数日後、日菜ちゃんのソロデビューが決まって、続いて私のドラマ主演、彩ちゃんの単独ライブ、麻弥ちゃんのバラエティ出演、イヴちゃんの有名ファッション誌の専属モデルのなって、パスパレが色んな方面に活躍して大きくなり私の不安が杞憂になるのだけど。

それは、また別のお話ね。

END

第●回パスパレファンミーティング後。

「ちさとちゃーん帰ろー」
「ダメよ、明日早いから」
「えーなんか機嫌悪くないー?」
「日菜ちゃん、ファンと近過ぎよ。ハグしたり、手を握ったり、今日、頬にキスしたでしょ!スタッフさん固まってたわよ!」
「だって、あの子よく来るし、やって、って強請られたからだもん」
「はぁ、アイドルなのよ?何かあったらどうするの」
「あ、千聖ちゃん嫉妬した?」
「どうしてそうなるのよ」
「千聖ちゃん、手、出して」
「手?」
「えっと、片足ついて、はい!」
「え」
「へへ、指輪!薫くんが子猫ちゃんに安心させてあげる儚い物を与えるべきさ!ってアドバイスきれてさ」
「そ、そう(かおちゃんのバカ)」
「千聖ちゃんの笑顔がこぼれおちませんように」
「……日菜ちゃんの分もあるの」
「あるよ、つけてくれるの?」
「ええ。日菜ちゃんが私の側にいて、今ある幸せがずっと続きますように」
「さすが千聖ちゃん!ドラマチック!」
「もう、日菜ちゃんったら。行きましょ」
「ふふ、はーい」

(指輪END💍)

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