当直明けの女(創作百合/女医百合/#6)

 当直。大概の勤務医は避けれない業務だ。業務は「救急業務」を担うことが多い。つまり、病院に来る救急車の対応や、歩いて病院にやってきた患者(ウォークイン患者と呼ぶ)を診察する。また同時に病院の入院患者の異変やその他を対応する「病棟業務」と同時に担う。中でも当院では内科と外科に別れて、それぞれ一人ずつ対応する。もし、対応が専門的な処置が必要であればその診療科の在宅待機の医者、「オンコール医」を呼ぶことになる。勿論緊急度の違い、頻度は、それぞれ診療科によって違う。例えば、心臓血管外科における大動脈解離、循環器内科における心筋梗塞、消化器外科の消化管穿孔、神経内科による脳梗塞、消化器内科の消化管出血などは緊急の治療が必要になってくる。そのため、研修医は今後の診療科の決定に対して、この緊急に呼ばれる頻度も診療科選択の検討材料になる。

「あ。桃谷先生!今日はよろしくお願いします!」
「え。今日研修医担当野田ちゃんなのぉ?」
「嫌がらないでくださいよ♡がんばりましょーよー!」
「はぁ、仕方ないよね。誰かが犠牲になるんだから。野田ちゃんと一緒になると荒れるの必須だから初めにUber Eats頼もっか」
「ひ、ひどい!」
 
 内科当直では内科医の下に一人研修医が付くことになっている。今日は野田が当番だ。平均月2-4回で病院によって異なる。
 当直で重症患者をよく引く人、いると極めて多忙になる人が各病院一定数いる。所謂疫病神であるが、よく「早くお祓い行ってください」とよく言われる。

「うどんは伸びちゃうから駄目っすよね~….あ!釜めし食べたいっす!!海鮮釜めし!」
「ダメ。」
「えーなんでですかぁ!?」
「釜めし食べたら重症来るから駄目」

 出前頼むに至って、食べ物にそれぞれジンクスがあり、避ける食べ物もある。

「カレーはどうですか?欧風カレー。ジャガイモ付くみたいです」
「いいなぁ、頼も、頼も!私甘口、バターチキンのカレー」
「了解っす!」

 Uber頼んだ10分後、PHSが鳴り続ける。

『先生!CPA(心肺停止状態)、10分後来ます!!』
『もう一台くるよー』
『センセー!!60歳、下血の救急要請来てるよー!どうするー!!』
『HCU病棟でせんもう状態の患者が暴れてます!どうしたらいいですか!?』
「いつでもいいのでウォークインの患者さんも見てくださいね…」

「先生、どうしましょう、Uber来ました。どうします?」
「……野田ちゃん、ここは任せて。すぐ行ってきて!!」
「はい!!一瞬で行ってきます!!」

 荒れる日は時間が流れるのが早い。同時進行で診察することもある。こなすには瞬時の判断が必要だ。

「残念ながら、死亡宣告させてもらいます」

「緊急内視鏡します!輸血5単位用意!!O型で用意を!!」

「鎮静薬投与を!」

「野田ちゃん、ごめん、ウォークインの患者さん止めてるからお願い」
「はい!!」

(あー。今日はハードだぁ。いや、むしろ、燃えるしかないっ……!!)

 当直には退路がない。始まったらやるしかないのが通常だ。体内のアドレナリンフル活用して桃谷は救急対応を続けた。

21時頃。

「おっ、仕事終わったんか、天満」
「はい、終わりました。帰ろうかと思いまして….あ」

 休憩室の机にあるのはふたつの出前の袋。中には冷えたカレー二つ。

「….手も付けてへん。あれか。開始から荒れて飯食えんかったパターンか。ご愁傷様や」

 手で合唱する大阪に対して眉を顰める天満。

「今日は桃と、野田ですもん」
「野田かぁ、ホンマに荒れるからなぁ」
「荒れますね」

 二人は桃谷に同情した。ただ、同情するだけで、代わってあげたいという気持ちは一ミリもなかった。

 夜は明けて、朝が来る。救急外来の窓に太陽の光が差し込み、雀のちゅんちゅん、という爽やかなさえずりが聞こえる。

『明けない夜はない』

当直の格言だ。厳しい当直もいつか終わる。

「はぁああああああぁあ~~~~~」

 ひどく大きいため息が野田の全身から出てくる。完全に1日の疲れによるものだった。結局あれからも救急車要請が止まらず、病棟も所々呼ばれ、一睡もできなかった。

8時30分。終了の時間だ。翌日の日勤に引き継いで当直業務は終わる。

「野田ちゃん、お疲れさま。ご飯食べよっか。朝ごはんになっちゃったね」
「…..はい」
「桃谷先生、野田先生、おつかれさまでした、大変でしたね」
「主任もお疲れさまでした。もうクタクタです」

 忙しかった時の当直のメンバーは自然と打ち溶け合うことが多い。この夜を一緒に超えたある一種の達成感を共有できるのだ。

「野田ちゃんもお疲れ様、帰って休んでね」
「あ、ありがとうございます、帰ってすぐ寝ます」

 カレーを食べ終わった後、やつれた野田を見送る。次は自分の入院患者の回診をする仕事が残っている。

「はぁ〜〜〜」

 野田と同様に身体の芯からの深いため息をつく。もう当直は慣れたが、ふとした瞬間、当直明けの集中が切れて疲れがぐっと襲い掛かる時に思う。その深い疲れは思考もふさぎ込んでしまうこともある。

私、何やってるんだろ。こんなに毎日あくせく働いて。こんなに頑張っているんだろう。

 別にありふれた答えは答えれる。「世の為、人の為、患者の為、自分の為」。医療従事者は職業としては珍しく直接感謝されやすい職業だ。やりがいのある仕事ではある。そのためにやってきたはずだ。だけどブレる。本当の答えじゃないように思える時が疲れている時に思うのだ。

「結菜」
「え。ええー。あーちゃん!?なんで、今日仕事ないんじゃ」
「お疲れ様。野田が呼んだ。一緒に帰る?」
「う、うん」

 天満あやなのその端正な笑顔、綺麗な声で不思議と気力と体力がみなぎってくる。我ながら単純だと思う。好きな人の顔を見ると、疲れが溶かされてしまう。

「へへ」
「んー?どした?」
「好きだなぁって」
「何よ。早く仕事終わらしな。待ってるから」
「はーい」 

 今日はゆっくり寝よう。彼女と一緒に。そうしよう。ゆっくり寝て、また考えれば良い。

END

2021年1月17日pixiv掲載

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