自粛する女(創作百合/女医百合/#5/R-18)


 
「三密、ねぇ」

 ほんの数ヶ月前まで、風邪のウイルスの仲間みたいなのにこんなに恐れ慄く世界になるとは思わなかった。国民は感染を恐れ、不要不急の外出は控えるようになり、終わりが見えない自粛生活を強いられる。
 医療界は不要不急にはならないため、通常通りの、いや、通常以上の仕事量となることが多い。特に内科は救急当直で発熱患者が通常より多く来院するため通常よりストレスが負荷されるようだ。
 ため息を吐いて、あやなは最近婚約した結菜を見る。ソファーで静かにテレビを見る内科医は少々疲れているように見えた。当直明けで早めに帰宅し(明けで内視鏡当番に当たると早く帰れなくなるが、幸い当たってなかった)仮眠を数時間取った後だからか、顔は少しむくんでいる。視線に気づくと、疲れた顔のまま目元柔らかく微笑む。疲れていても常に笑顔を作る健気さに、あやなは心を痛めながらそっと頭を撫でる。

「んー?」
「疲れてるねぇ」
「大変だったからなぁ。やっぱり発熱で来る人増えたよね。開業医さんも怖くて肺炎を見なくなってる噂あるし。外科も手術日程変更してるんじゃない?」
「まぁ、一回感染患者出たら風評被害ハンパないし、医療者が感染したら閉めないといけないリスクもあるしね。うちは指定病院じゃないからまだ大丈夫だけど、受け入れることになったら感染受け入れ病棟のフロアごと潰さないといけないから、それこそ診療自体に関わるわよね。外科も緊急じゃなきゃ延期だし。形成外科もウチは緊急があまりないから大方延期よね」
「うわ、大変だ。ホント、いつまで続くんだろ、この生活」

 終わりが見えないことに人間は不安になる。スペイン風邪やSARSといった過去にパンデミックとされた疫病達はすでに収束しており、いつかは終わるだろうとは予測できる。しかし、いつまでこの自粛生活を強いられるのか。長期戦になれば経済面でも、人間の精神ストレス面でも心配になる頃合いだ。

「同居していてよかったなぁ」

 ため息を吐き、髪をときながら彼女はつぶやいた。それは些細な呟きだったが、あやなは素直に嬉しかった。一緒のことを思っていたからだ。同居していると、接触は不可避だ。流石に世間は許してくれるだろう。しかし、性行為は控えるようにしている。それくらいの事、と思われるかもしれないが、婚約したばかりの二人にとっては中々厳しいものだ。知らずに欲は蓄積しているようで、日常生活のふとした瞬間に触りたいと思うようになる。潔癖症のあやなであるが、これに関しては耐えがたいもので、年上の彼女に食い下がってしまう。あやなにとって、結菜は常に特例なのだ。

「ねぇ、うがいするから、キスは?」
「ダメ。唾液で感染するし。あーちゃんに移したくないもん」
「触れるだけならっ」
「ダメ。絶対その先したくなるでしょ、あーちゃんは」
「う゛っっ」

 幼馴染長い故に性格は把握され、さらに攻略されてれば、もはや諦めざるを得ない

「内科は外科より感染しやすいからね。私が発熱したら、別居だね」
「べ、別居!?それは流石に…」
「だって、あーちゃんに移したくないもん」

 指定病院では、特に子供がいる家族であれば別居を選択する人もいる。結菜はこのような緊急事態に直面して初めて気付くが、かなり影響受けやすいタイプらしい。あやなは唸るようにテーブルに突っ伏して、考える。そして、ひとつのアイデアを思いつく。

「じゃあ、お風呂は?」

 あやなの提案に、結菜の思考が一巡する。

「キスしないなら、いいよ」

 少しぬるめのシャワーを結菜の髪に降らせていく。湿った茶髪を少量のシャンプーを垂らした自分の手で撫でていく。シャンプーを泡立たせ、髪全体に行き渡せていく。

「もー湯船に浸かってなよ」

 彼女は不満を言うが、あやなはどんな手を尽くしてでも触りたいから仕方ない。敢えて無視して、髪を丁寧な洗っていく。桃の匂いが漂い、思わず抱きしめたくなる。不満を言いながらも、結菜は気持ちよさそうだ。洗い流し、束にまとめて、トリートメントを揉みこみ、少し時間を置いてまた流す。

「美容師さんみたい」
 
 クス、と笑う結菜にあやなはそのまとめた髪束をサイドに流し、露出した首に唇を落とす。水の味。加えて、滑らかな肌の質感を唇越しで味わう。

「んっ」

 不意の感覚に結菜は鳥肌が立ち、身動ぐ。年下の外科医はそのまま唇を首筋の血管の走行に沿わせると、また更に身体の震えをそこから感じ取った。

「美容師さんはここまでするかしら?」

 意地悪な質問に年上は真っ赤にして、「しないわっ」とツッコミを入れた。次はボディソープを押して、手に垂らすと、結菜は危険察知したらしい、素早く立ち上がろうとする。

「ちょっ、や、ヤダッ!!」
「身体洗うだけじゃない」
「そんな訳ないじゃん!」

 酷い言われように、心底舌打ちする。予想は当たっているのであるが。
「何もしないから」と諭し、かなり粘ると、数分後結菜は折れて渋々許してくれた。液を含んだ手を背中に這わせると、小さなうめき声を上げる。背中に弱い年上は他人に触れられるだけでこうなる。背骨に沿って下に滑らせると、何かに耐えるように脚を微かに震わせた。背中から肩を洗い、首、鎖骨の窪みへ移り、腕、二の腕、手を洗い、柔らかな肉の感触を手で感じ取る。脇を洗い、手は胸のふくらみへと到達する。結菜は自分の手から少しはみでるくらいで、平均より豊満だ。軽く撫でると、吐息が近くで聞こえた。胸の周囲を丁寧に洗っていくと、わずかに息が早くなった気がした。

「…当たってる」
「ああ、ごめん」

 夢中で自分の胸を背中に当ててることに気づかなかった。結菜の中ではそれが興奮材料だったらしい、心なし顔が紅く染まり、息も軽く荒くなっている。

(あ、もう少しで落ちそう)

 顔から感じ取り、悪戯心に火が点く。ガードが固い籠城を陥落させるのは一種の快感を覚える。尖った胸の先を敢えて触れずに周りを丹念に洗うと、彼女の膝頭が時折擦り合わせ動くのを見て取れた。

「足、洗うね」
「え…う、うん」

 不満と不安を帯びた声質にあやなは瀟洒ぶった笑顔を作る。細い脚を足先から大腿まで撫で洗い、また逆側も手で滑らせていく。緩く長い愛撫に結菜は気づかず深い熱が燻り続けていた。尻に手を沿わせると、ようやく「もう、お終い!自分で洗う!」とストップがかかる。

「いいの?」
「流石に感染的に下を触れるのは駄目でしょ!」
「洗ってるのに?」
「だ、ダメ!」
「そう、本当にいいのね」

 太腿をひと撫ですると、それがスイッチとなった。結菜は燻りつづけた感覚が一気に覚醒した。一際高い嬌声を上げ、もはや誤魔化しが効かない状況になる。ぬるい感覚で浸されてゆっくり焦らされ続けた結果、身体は知らず知らず出来上がってしまった。突然止められるともの凄く触れて欲しくなる。

「あ….あ….」
「どうしようね、結菜。我慢できる?ひとりで出来る?」

 あやなは湯船に浸かり、両腕におとがいを乗せて言う。

「ひとりでしよっか?」

 女優並の端正な顔はニッコリとCMの爽やかさでのたまった。

「んっ…ん….あ、ふ…」
 
 石鹸で泡だった手で結菜は自分の身体を洗っていく。二本指は膣奥にを咥えさせながら親指は突起を弾く。左手は自分の胸を触れ、時々親指で先を弄る。ひとりですることは殆どなく、あやなにされることの真似事だった。年下程指が長くなく、奥には届かず、手も焦ったい動きになる。前のめりになり体勢を変えるがまだ到達しない。ただ、見られているという背徳感は背筋に感覚が襲う。

「脚開いて」

 そう言う指示に年上は素直に従う。見えやすいように指で広げると、どこで調教されたんだか、とあやなは複雑そうに笑う。その顔に結菜は興奮して奥を自分で掻き回す。掻き回すたびに声が漏れていく。淫らな水音が風呂場に響き、吐息と嬌声がエコーする。その空間の中くちゅくちゅと自ら奥を攻め立て続ける。苦悶の表情が可愛らしい。

「手伝ってあげるわ」

 あやなはシャワーを手に取り、下の突起に当たるようにぬるま湯を当てて、刺激させる。効果は抜群のようで結菜の脚がびくびく震え、指を入れる速度も速くなる。

「はあぁっ、はぁっ…あっ、あっ…!!」

 感情が昂ぶったようで、蕩けた顔で結菜があやなの顔に近づく。興奮極まり耐えられず深いキスをしようとする年上を寸前で止める。あやなはニヤリと笑う。

「濃厚接触は禁止なんでしょう?」

 なにを今更、と結菜は思うが、自分が言い出したものだから仕方ない。感情高ぶり、涙が生理的に溢れてくる。自分で治めるのは寂しい。自分だけなんて二人でする時と比べて全然気持ち良くない。すぐ側にいるのに一人だけ絶頂達することになるなんて。

「あっ…はぁ…んっ….」

 入り口を締め付け、軽い波が来るのを指で感じる。結菜は悔しくて恋人の肩を引き寄せ、その華奢な首を強く噛む。

「痛っっ!!」
「ん、ふぅっ…んーー!!」

 噛みついたまま、年上はそのまま真っ白の波に溶け込まれていった。


「慣れないことするもんじゃないね」

 のぼせた結菜を介抱し、髪を梳かす。悪戯した埋め合わせとして、お風呂上がりは彼女をお姫様のように扱った。ソファーに座らし、髪をドライヤーで乾かし、高級な茶葉の紅茶を淹れ、マッサージをして甘やかす。

「もうヤダぁ」

 ぐったりと力無く背を自分に寄りかからせる年上の恋人を優しく抱きしめる。かえって触れてくれない欲求不満が溜まり、逆効果だったようだ。謝罪の意味を込めて頬にキスを降らせると、そうじゃないらしい。結菜は首を振り、自分の唇に指を指す。

「ここに、キスしてよ」
「えっ、濃厚接触じゃない」
「お風呂入ったばかりだし。触れるだけでしょ」

 早くして、と急かす彼女に笑い、鼻と鼻でキスをする。

「もー」
「ごめんなさい」

 悪戯しすぎたわね。拗ねた声が聞こえたので、次はお望み通り唇にキスをした。したものの、どうやらお気に召さなかったらしい。その複雑そうな顔だ。予想したリアクションでなく、あら?、と顔を覗くと、バツが悪そうな顔をする。

「んーやっぱり、ウイルス収束してほしいな」

 どうやら早く濃厚接触したいらしい。可愛い彼女をあやなは思いっきり抱きしめた。


END

2020年5月7日 pixiv掲載

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