器用で不器用な女。(創作百合/女医百合/#2)


女医になれたからと言って幸せになる訳ではない。確かに10年前と比較したら住みやすい暮らしになったかもしれないけど、仕事はやはり大変だし、ボロ雑巾みたいに働かされてると感じることもあることも多々ある。働き方は時代と共に変わりつつあるとはいえ、いつの時代においても不満はあるもの。それはある程度妥協しないといけないと天満あやなは思う。
この歳になったら世界は完全ではないことは知ってるし、自分は特別でも何でもなく、他者とのかかわりに支えられており、それを自覚しながら唯一無二の存在として社会に自分の納得のいくように進化と適応と成長を遂げていくのだろう。
念のため、『おそらくは』と前置きはつけておく。

「天満先生、あの子また手術希望ですよ、あの事故の。」
「そう、今度は?」
「整鼻術みたいです」

美は不思議だ。
特に女という生き物は大概それを強く意識するようだ。アイロンをかけた皺のない華奢な衣服を着て、化粧で顔を整え、ヒールで脚を少しでも長く綺麗に見せる。
そして、顔という外見の一部はまず他人の目に晒される部位であることから理想に近づけようと努力する。美容外科においてはその意識は喰い物となる(天満はまだ形成外科であるが)。綺麗でありたい、若くありたい、見栄えを少しでも整えたい。人の美意識は多種多様で目的もそれぞれだ。この分野は医療の中で特殊で病から治療する訳ではない。患者の求める理想の一部のオーダーを出来るだけ叶えるだけだ。それは一部であって、全てではない。その理想は失礼な話現実からかけ離れている可能性だって少なくない話だ。

「ある意味可哀想な子ですね。トラックの居眠り運転で隣の座席の友達を亡くして自分だけ生き残って顔を損傷したんですよね。治療費は賠償金があるから満足行くまで繰り返すんでしょうか」
「治すべきは自分の顔だけじゃなくて、心なのに。精神科案件よね」
「納得するには時間が必要なんでしょう。」
「そうね。私たちは私たちの仕事をするだけよ」

身体醜形障害という精神科の病気がある。極度の自己肯定感の低さ故に自分の身体、美醜に酷くこだわる傾向があり、こだわりすぎるとうつ病や強迫性障害と合併することもよくある。
自分のボディイメージと一致すれば、安心を覚え、一致しなければ落ち込みを覚える。人の心は揺れ動くため、その精神の揺らぎは日によって変わってしまう。
こういう病気の方は整形を繰り返す方もいるが、結果的に顔を崩してしまうこともある。
こうなると、自分の偏った身体イメージを修正する必要があり、それが病的な場合(強迫性障害等)、精神科やカウンセリングの専門の治療が必要になってしまう。

「人間ある程度、妥協が必要ってことよね」

口にして、胸にチクリと自分に返ってくる。すぐに「もうお顔が完成してる天満先生がソレ言います?」と後輩が返したので何とか救われた。

「私だって、勿論自分が不細工だな、と思うことあるわよ」
「うっそだぁ。その顔で何が不満なんです?」
「不満はないけど。結局自分が納得いくかどうかじゃない。それに」
「それに?」
「外見良くっても、好きな人に好かれるって訳じゃあないのよ。どうでもいい人に好かれても意味ないじゃない」
「あー」
「あー、て何よ、もう」

言ってすぐまた自分で気持ちが沈む。脳内で大阪先生が「アンタMやなぁ」と笑ったのが少し腹立たしかった。

あのクリスマスの夜を過ぎても、天満と桃谷の関係は大きくは変わらなかった。些細な点は変化はあった。あの聖夜の告白で桃谷の天満への意識は幾ばくか影響があったといえる。桃谷自身も意識している自覚はあった。それは当然のことで、今まで20年近くも幼馴染で可愛がっていた妹のような存在がまさか自分の事に好意を持っていたとは夢にも思わなかったのだ。それ以上に不思議なのは、と桃谷は考える。天満が全く態度を変えず接していることだ。

「あーちゃんてさ、本当に私のこと好きかな」

呟きは言葉になって、消化器内科をローテートしている研修医の耳に入り、研修医野田は呆然とする。

「え、ええー…そこからぁ?好きでしょう、そりゃあ」
「だってさ、あーちゃんって恋人いっぱいいるしさ、それに比べて私にクールだし。」
「く、くーる?恋人沢山いることはまぁ確かにそうですけど。クールじゃないと思いますよ!」
「うーん、私、沢山の中の1人は嫌だなぁ。ポリアモリーっていうの?絶対嫉妬しちゃう自信ある」
「そりゃあ、皆大概そうですって!でも私から見ても天満センセにとっての桃谷センセは明らかに特別扱いしてると思いますけどね」

そうなんだ、と桃谷はため息をつく。正直、自分がどんな選択をすればいいかわからない。桃谷の好きな相手は常に桜ノ宮悠里だ。大学一年生で出会った頃から付き合って、別れててもそうだ。今まで桜ノ宮中心に生きてきた点がある故に、今の状況が上手く処理できない。

「桃谷センセって。天満センセのこと好きなんすか?」
「好きだよ?」
「えー、そういうことじゃなくてですね。ラヴ的な意味で。まぁわかりやすく言うと、妄想でもセックス出来るかどうかですね。」
「…意味はわかってたけどさ。正直わかんないんだよね。私にとって、野田の質問はわかりやすく言うと妹とえっち出来るか、みたいな感じだから。野田は出来る?妹とえっち。」

清楚な可愛らしい顔から、えっち、という単語が出てくるのは不思議だな、て野田は密かに笑う。

「…普通に考えると、できないっすね。」
「私にとってはそういうことなの。昔から知ってるし、今更どうって話でもないと思うんだよね。何で今のタイミングなのさ」
「んーでも、あんだけ綺麗な人なら抱かれたい!とか思わないです?」
「…野田はしたいの?あーちゃんと」

桃谷が珍しく心底軽蔑する顔で疑問を疑問で返されて、汗を掻く。そうか、と研修医は気づく。桃ちゃん先生は顔とか外見重視ではなく、中身が重視のタイプなのかもしれない。

「あーちゃんは好き。一緒にいて、居心地いいし、私が落ち込んでる時にそばにいてくれるし、ダメなところは怒ってくれる。でも、恋にはならないよ。家族みたいなものだよね」

野田は両手をあげる。先月のローテでお世話になった天満先生のために一肌脱いだが、中々、意外と桃谷結菜の攻略は難しい。そんな野田の気持ちをつゆ知らず、桃谷は呟く。

「恋愛のはじめ方忘れちゃったな」

と。

✳︎

20年来の幼馴染に告白されて、桃谷結菜はふと気づいたことがある。天満あやなは自分をひとりにしない。自分の心の機微にいち早く気づき、フォローしてくれる。人の状況や感情を観察して、把握した上で敢えて強引に出てくれる。優しい、のだろう。勿論、性格は元々優しいのだけど、見直して、やはり優しいと思う。きっと他の多くの女の子にもそうなのだろうな、と思うと何だかがっかりしてしまうのだけど。そう、がっかりなのだ。

今日は天満は手術日でなく、桃谷も内視鏡件数少なく早く終わり、珍しく仕事が早く終わったため、一緒にスーパーで食材を購入して天満のタワーマンションでご飯食べる事になった。早くと言っても料理をすると20時になるのだが。

「桃、何食べたい?」
「オムレツかなぁ」
「ホントに素朴なもの好きねぇ」
「あーちゃんが凝ったもの好き過ぎるの!」

ぷんすか怒りながらパックの卵を天満の持つカゴに入れる。その顔を見ながら年下の形成外科医は密かに笑う。天満は桃谷の顔が好きだ。愛らしい二重の目、角度の良い筋の通った鼻、薄い唇、シャープすぎない、柔らかな線の輪郭。仕事柄、他人の顔を見てしまうのだが(具体的にはどこを整形したか、どこがその人の特徴部位か)、桃谷の顔の造形は整形なくしても好きだった。

「じゃあ、スパニッシュオムレツ作ろ?じゃがいもとマッシュルーム買って…何その顔」
「オムレツは絶対プレーンだよ!」
「ええー。簡単すぎて作り甲斐ないのよね」
「簡単でいいじゃん。あーちゃんの料理の中で普通のオムレツが一番好きなんだけどな」
「…はいはい、わかった、プレーンね」

ポン、と頭を撫でられてから、持っていたマッシュルームを戻す。年下に頭を撫でられる行為も天満なら気にしない。身長差から腕置きにされている感もあるが、もはや慣れてしまった。

「スープも作ろうかな」
「パックのやつでいいよ」
「何?私を楽にさせたいの?」
「いや?」
「じゃあ、何よ。桃、はっきり言って?」

170cmの長身から軽く睨まれるだけで威圧感ある。慣れている顔とはいえ、流石に鼠の様に縮こまり、あのね、と身長の高い年下を見上げ裾を掴む。

「なに?」
「話が、したいの」

形勢逆転。ごく、と天満は唾を飲む。話の内容はわかっていた。告白の回答だろう。掴まれた腕をそっと掴み、ゆっくり元の位置に戻す。その行動で、やはり天満は回答を待っていたことに気づく。天満は笑顔を作り言う。

「うん、わかった」

桃谷は下を向く。その笑顔はとても綺麗で、消えそうな笑顔だったからだ。彼女はまた、それがなにかを決意した顔である事を経験上知っていた。

卵料理は料理の基本とよく言われる。オムレツは天満が始めて覚えた料理だ。そして、桃谷に初めて食べさせた料理だ。当時はバターを沢山入れて塩胡椒の効いた味付けにして、かなり味が濃く、じっくり焼き上がっていた。
今では進歩して、バターは適量、ふわふわした半熟で味付けも子供時代に比較して少し薄味に仕上げてる。完璧に桃谷の好みの味付けだった。

「いただきます」

当たり障りのない会話を繰り出す。天満は敢えてか仕事の話題を集めてあまりしない。のめり込んでしまいがちな桃谷を思ってのことだろう。本当にデキた子なんだよね。浮気症なのが玉に瑕だけど。お箸でオムレツを縦に切り崩すと、黄色の卵液が中からとろり漏れ出して自然と笑顔になる。すると、正面から笑う声が漏れて聞こえた。


「ふ、」
「え?」
「んーん。何でもない。美味しそうに食べてくれるなぁって思った」

見つめられて照れながら箸を口に運ぶ。天満は料理をつくるのは好きだが、食は細くそこまで食べれず、又食べるスピードも遅い。だから、よく手を止めてその時間を桃谷の観察に当てている。

「あーちゃんの料理は美味しいよ、いつも。単純な料理も私の好みに合わせてくれるし」
「そりゃあ10年以上一緒にいるもの」
「家族みたいなもんだもんね」

あ。言って失言に気づく。顔を上げると、天満は「ん、どした?」と笑って聞かれる。10年以上の付き合いだから、その顔は強がりのそれだと感じ取れてしまう。
でも、いつまでもこうしてはいられない。答えるタイミングというものはきっと今なのかもしれない。箸でオムレツを突きながら何故か落ち込む心を誤魔化していく。きっと答えたら変化してしまうかもしれない恐れだ。永遠に天満の優しさに甘えたままだ。それは、天満に失礼だと桃谷は思った。

「ごめん」
「….うん。確認だけど、それは答えでいい?」
「自分でも自分の気持ちがわからないんだ。でも私には…」
「好きな人いるから?」
「うん」
「既婚者なのに?」
「うん。あーちゃんは知ってるでしょ?」

桃谷は食べるでもなく箸で卵をぐちゃぐちゃにして答える。

「私、すっごく重いんだ」

桃谷結菜はやはり元恋人だった桜ノ宮悠里が好きだ。それは今までも今も、これからも、そんな気がした。

「うん、知ってる。でも、アイツが相手なら私は諦められない。既婚者となんて、私は許せないから。何でアイツなんかがいいの?訳わかんない」
「私もわかんない。どうしてこんなに好きで、執着してるのかな。私バカだから、今でもね、悠里が旦那さんと別れてくれるんじゃないかな、て思ってる」
「バッ、カっ、じゃないのっ….」
「バカなの、私」

もうこれ以上はご飯は食べれないと判断して諦めて桃谷は箸を置いてしまう。何故か
自分の方がどんどん涙が溢れていく。

「バカだから、あーちゃんと付き合えない」

最悪だ。そう、天満は思った。記憶する中でこの人生で最も絶望を覚えた瞬間だ。

「先に泣くなんて、ずるいわよ」

私が、泣けないじゃない。桃谷が泣くたびに自分が益々冷静になってしまう。自分の本能であり習性だ。

「ごめん」
「許さないわ」
「うん」
「簡単に諦めてなんてあげない。前に言ったでしょう?私、諦め悪いの。かなりね」
「私が選ばなくても?」
「ええ、あなたが選ばなくても。ずっと想い続けるわ。」
「あーちゃんも重いね」
「だって、桃には私が一番ってわかるもの」
「..,ねぇ、ごめん、お皿片付けたら帰るね。ありがとう、美味しかった。見送らなくていいからね」

「嘘でしょ」

嫌なことは時に連続で続いてしまうことがある。最悪な気分で生きてる世界はいつもの世界と違って見えてしまう。
いつもは幾らお酒を飲んでも5時には目を覚めるのに、今日は社会人になって7時に起きてしまった。血の気が下がる。形成外科の朝は早い。7時30分には院内にいないと、朝のカンファレンスが始まってしまう。鞄を掴み、家を飛び出す。化粧は職場でこっそりすればいい。

「大丈夫か?顔色悪いぞ」

何とか遅刻せず、無遅刻は維持されたが、ギリギリ自体がマメ女天満にしては珍しくオーベン達に心配される。

(その心配が逆に辛いわ…)

それにしても、身体が重い。長年の想い人に失恋して思いのほか大ダメージらしい。今日のオペは一例目、午前中にある。その前にチーム内の病棟の入院患者を全てチェックして、簡単なものは研修医に指示させる。
その後は術着に着替え、担当患者の入室確認を終えオペ室に入る。清潔部屋に入ると、最近よく絡まれるベテラン消化器外科女医に声をかけられる。

「姫、どうしたん?顔色かなり悪いで?白い顔が真っ青やで」
「大阪先生」
「どした?桃谷にフラれたとか?」
「…」

最悪。冗談のつもりだったのだろう。地雷を踏まれ一気に気分が落ち込みながら会釈だけ済ませて、さっさと決められた番号の部屋に入る。後ろで「え!?えっ!?マジでぇ!!」と声大にしたリアクションが聞こえたが完全無視をした。患者が入室すると、麻酔科医から患者に麻酔がかかるまで時間がある。身体が重くて流石に椅子に座って待つ。

「なぁ、天満。今朝から本当に顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「大丈夫です」

疲れが出ている。だけど今休む訳にはいかない。代わりの外科医はいるが、理由が理由なだけに迷惑をかけにくい。
今日は乳房再建術。4時間の手術だ。何とかなるだろう。失恋がなんだ。たった一回振られたくらい。今の自分に必要なの仕事なのは明らかだ。

「やれるか、天満」
「はい、やれます」

上司の期待に答えるためにも、ドン底だとしても絶対私は倒れる訳にはいかない。

「ね、結菜。何かあったの?最近難しい顔してるね」

食堂にいくと、桃谷に気づいた桜ノ宮悠里が手を振り、ハンドサインで横に座れと示して一緒に食べることになった。満席になりつつあったため有り難い一方で、このタイミングで元彼女と話すのは間が悪いなと桃谷は思う。桜ノ宮は勘づくのが早い。そんなに顔に出ていたかと、桃谷結菜は後ろめたさを覚える。

「何もないよ」

目を逸らして答えると、その元恋人は自分の眉間に人差し指を当てる。

「嘘。眉間に皺寄ってるし」
「悠里には嘘付けないね。…あーちゃんに告白されちゃった」
「…ふーん。ついに、ねぇ。あの子意外とヘタレよね」
「あーちゃんも知ってたの?」
「知らないのは結菜だけよ。学生時代、視線怖かったもの。」
「そっか」
「で、どうするの?」
「もう断ったよ」
「あらまぁ。断ったのに、落ち込んでるのね」

人に指摘されて気づく。自分は落ち込んでいるのだ。

「どうすれば良かったんだろう」
「未練があるなら、OKにしちゃえばいいじゃん」
「簡単に言わないでよ」

恋愛をカジュアルに考えることが桃谷にはできない。それに簡単に言う桜ノ宮にも腹が立つ。もう桜ノ宮は桃谷のことは恋愛対象にないと表してるみたいだ。

「だって少しは好きなんでしょう?天満先生のこと」
「は?」
「幼馴染長いからイメージ湧かないかもしれないけど、お似合いよ、貴方たち。私達と時と違って、雰囲気が似通ってる。」

なんで、そんなこと言うの。

「私は悠里が好きだから、まだ」
「6年経ったのに?」
「うん」
「ありがとう、嬉しい」

その「ありがとう」は肯定してくれない「ありがとう」だ。その先の言葉は続かない。どういう訳か、そんなに落ち込まなかった(落ち込みはした)。6年経過すると、自然と達観してしまうのかもしれない。だけど形にしないと気持ちの整理がつかない。今必要なのはこの気持ちに区切りをつけることなのだ。

「自分が好きにさせ続けた癖に」
「ごめんね。可愛い結菜をその辺のよくわからない人間に渡したくなかったの」
「よく言う」
「でも天満ちゃんにならいいかな」
「あーちゃんそれ聞いたら絶対怒るよ。私もものじゃないし」

拗ねると困った顔をする桜ノ宮にどこか懐かしい。

「ねぇ結菜」
「なに?」
「私、妊娠したんだ」

ああ、そうだ。桜ノ宮は死んだ母親に似ているのだ。だから好きになったのかもしれない。

「そっか、おめでとう!」

彼女とは今まで1番喜怒哀楽を共にしてきた。きっともう1番にはなれないが、私達の関係は変わらない。そうして、私達は一生の親友になれるのだ。

「桃谷、聞いたか?」

仕事を一段落付いて、医局で書類仕事していると、大阪先生に声をかけられる。消化器内科と消化器外科の医局は近くにある。

「はい?」
「天満、今日の午前中手術終了した後帰室する時倒れたらしいで。」
「え!?」
「冷や汗ダラダラで迷走神経反射ちゃうかぁ。なんかストレスかかっとったんちゃうかなぁ」
「….」
「あの完璧主義がスッピンでギリギリに来るのも珍しい話やしな」
「….」
「桃谷、なんか知っとる?」

腕を組んで顔に手を当てながらさも知らないように大阪は聞く。

「…前、誕生日の時、告白されたんです。天満先生に」
「え、マジか!?」
「はい。それで、昨日それに返事をして」
「そんで?」
「お断りしました」
「うわーうわーうわー!!マジかぁ。上手くいかへんねんなぁ」
「大阪先生も私とあーちゃんに付き合って欲しいですか」
「も、ってなんやねん?んん、まぁそうやな。あんたら見ててもいい感じやし、見てくれもええし、癒されるしな」
「見てくれ…見世物ですか」
「いやいやいや!!これは個人的な感想な!冗談置いて、ホンマええかんじやもん。特に天満な。アンタとおる時ごっついええ顔してはるわ」
「あーちゃんが…」
「アンタは知らんと思うけど、あいつ他にめっちゃドキツイ性格やで?」
「そうなんですか」

桜ノ宮と同じこと言う。周りから見たら自分と天満の関係は自分の思うイメージと違うことに驚く。

「そんだけアンタが特別ってことやろ。ほかの女なんて目じゃないで。アンタが言えば多分、いや絶対別れてくれるで」
「……特別」
「ウン、特別。でもって、アンタの気持ち無視して天満と付き合ってほしいとは言わんけどな。でも、ホンマ、人の恋愛って何があるかわからんからな」
「はい、それは十分承知してます。」

桃谷まだ迷っていた。誕生日に湧いたあの愛しいと思った感情が恋愛に結びつくのかどうか疑問だった。

「あんたら2人ともええ子やから、応援したくなるな。よう考え。悩めるんは贅沢なことやで」
「はい」

「はい」
「あ、あの桃谷ですけど」
「桃?」
「う、うん。お見舞いきた」
「あぁ」
「会いたくない?…よね」
「…ちょっと、ね。」
「そ、そだよね、帰る」
「…待って。ごめん、実は会いたい」

弱々しい声に胸が締め付けられる。

「いらっしゃい。ごめん、散らかってる」
「だ、ダメ!片付けない!あーちゃんは寝るの!病人なんだから」

マスクと冷えピタ貼ってパジャマ姿の無防備な天満は非常に珍しい。部屋入ると、綺麗好きの部屋が服が椅子に雑に掛かってたりと少し乱れてる。

「この状態で他人を呼ぶの落ち着かなくて」
「だから、寝ーるーの!」

片付けようとする綺麗好きの手を引っ張り、ベッドに連れて行こうとすると、急に背後から抱きつかれる。天満の身体は熱かった。汗の匂いさえも甘美的で鼓動が速くなる。

「ちょ、ちょっと、あーちゃん!」
「嬉しいな、桃が来てくれるなんて」

体格的に天満の鼻が桃谷の首筋に擦れるようになり、そのまま匂いを嗅がれる。くすぐったくて捩れる。

「いつも他の子にもやってるの?」
「ううん、桃は特別」
「嘘だぁ」
「信じてくれないの?」
「…今日は甘えただね、あーちゃん」
「病気の熱がそうさせてるのかも。嫌がらないの?」

顔を覗きに込まれ不安そうな顔。いつもはないその隙のある弱々しい顔がキュンと胸にくるが、直ぐに首を振る。

(いやいや、そもそも顔が良いからね、あーちゃんは!)

「はいはい、嫌がりませんよ。行くよ」
「つめたーい」

背中に大きい荷物を持ちながら、引きずるようにベッドまで運び、自分ごと倒れる。引き剥がして、鮭おかゆを作る。

「桃、手伝おうか?」
「だーかーら、あーちゃんは寝るの!」

1人働かないのは落ち着かない性分をかろうじて抑えさせソファで見守らせる。猫のようにじっと観察されて落ち着かない。しつこい天満に突っ込み入れながら、鍋から皿に装う。

「なに、ニコニコ見つめて」
「やっぱ桃、好きだなぁ」
「もう。一体、どこが好きなの」
「信じない?どこも好きだけど、強いて言えば、顔」
「……へー」
「嬉しくなさそう。顔は大事よ?」
「美容外科においてはね。じゃあ、あーちゃんは私が火災で顔も含めて全身火傷負った時好きじゃなくなるのっていうの」
「そんな事ある訳ないじゃない」
「嘘だぁ」
「全身火傷でも、全身愛すわ。桃には信じられないだろうけど、私はあなたの想像以上に好きだからね。10年以上は好きだからね」
「1、10年も?ふ、ふーん。なんか、あーちゃん、振られた方がアグレッシブだね」
「だって、一回振られたら、失うものないじゃない。それに、振られてもお見舞い来てくれるってことは脈アリってことよね?」
「ポ、ポジティブ!」

お粥を2人食べてまた天満を寝かせてあげる。せがまれて手をつないであげると、昔の記憶が蘇る。小さい頃は天満のお見舞いによく行っていた。今でも線が細くはあるがバリバリ外科で働いてるのは考えるば驚きだ(忙しくてよく辞めたいとは言っているが)。あの時は、何も考えてなくて楽しかった。天満の手の冷たさは変わらない。苦しそうな天満をずっとこうやって寝かしつけていた。

「ね、桃。」
「うん」
「病気はね、人を一気に孤独にさせるの。それはもう、ドン底に落とされる時もある」
「知ってるよ」
「そりゃそうだよね。私、よく小さい頃病気してたじゃない?やっぱりこんなこと一生繰り返すなかと不安で一杯だった。でも、桃が側にいてくれたから。桃がいて、話し相手になって、勉強を教えてくれたから。小さいながらね、私、桃がずっといてくれたら、と思ってた。」
「うん」
「今も不安で一杯。仕事の信頼を無くすんじゃないかって」
「うん」

桃谷の手を握り、離し、手のひらを合わせたり、指を一本ずつ触れたり手で遊ばれる。

「未練がましくね、今でもね、あなたがずっといてくれたら、と思うの」
「うん」

手を強く握らせる。

「ごめん、好き。大好き。好きでいて、ごめんなさい。あなたを諦める事が、どうしてもできない」

天満から生理的なのか感情的なのか鑑別つかない涙がその大きな眼から流れていく。感情に呼応して自分も涙が流れてくる。強がりの幼なじみの弱い瞬間。桃谷はどうしても弱かった。

(泣き落としされている気分)

天満は相手の状況や気持ちを充分考慮して、敢えて強引にいくような子だ。 桃谷が迷いが出てるのもきっと察してる。迷いはあった。自分はどうしても桜ノ宮に執着し、彼女への不毛な恋をいつまでも続けていた。きっと天満はその負の連鎖を断ち切りたかったのだ。

仮に、という思考を巡らせる。この子が諦めて手を差しのべられなかったなら。ゾッと背筋が凍る。 自分はきっと、その手を取らなかったことに酷く後悔することになるのではないか。

『んーでも、あんだけ綺麗な人なら抱かれたい!とか思わないです?』

あの研修医の言葉を思い出す。あーちゃんは綺麗だ。それも、かなり。他人にこの子を取られることを想像すると、何だか負の感情めいた独占欲が湧いてしまう。

「桃に、好きじゃなくていい、そばにいて。」

自分は最愛の人に選ばれなかった。多分あの恋程の熱はきっともうない。もう向こう見ずな恋愛ができない立場だからあれだけドキドキすることはないだろう。だけど、この子はずっと隣にいる。支え合い、時に助け合って、今まで通り嬉しいことは笑い合って、悲しい時は慰め合って、美味しい料理を一緒に食べて、病気の時もそこにいてくれて、お互い想い合える。
そんな、そんな未来があっても、いいじゃないか。きっと、この子を選んだら後悔するかもしれない。だけど、選ばなかった未来も後悔してしまうだろう。それなら、いっそ踏み出してしまえ。

「いるよ、ずっと」
「ありがと」
「あーちゃん、やっぱり付き合おっか」
「え。」
「私、考えたの。あーちゃんの言ってた通り、私はあーちゃんが合ってるのかもしれないって。仕事に支障きたすような恋より、自分が何もかも上手くいかなくなった時も安心できる恋がしたい」

大きな瞳がみるみる大きくなり、潤み出す。指を絡めて、強く握る。

「結婚前提にお付き合いしてください」

真顔で伝えようと思ったが、あまりにも天満が驚いているので、照れてしまった。

「え、え。け、結婚?」
「そ、そりゃあ、私も年齢が年齢だし。子供も欲しい。iPS出産なら早く優秀なiPSコーディネーター選ばないといけないし。付き合うならちゃんとしたい。重い、よね?」
「全然!本当にいいの?」
「そのかわり、浮気禁止。今付き合ってる女の子たちと全員別れたら、の条件だよ」
「別れる。絶対浮気しません」

指切りをして誓う。内心ほんとかなぁと思うけど可愛さに免じて目を瞑ろう。ふふ、ふふ、と嬉しくて天満が笑いが止まらない。手を伸ばして桃谷の頬を硝子細工のように丁寧に触れる。

「桃、キスして」

桃谷はゆっくり寝てる天満にキスをする。ただ触れるだけなのに、それだけで魔法がかかった様に気持ちよかった。

ふふ、しあわせ。

そう言って溶けるように笑い、天満は眠ってしまう。その顔は幼くて、尊い気持ちで胸が苦しくなり、愛しさが湧いてくる。こうやって無意識に母性を感じさせるところが、この子の魅力で絶え間なく女性を落としていくのだろう。

「もぉ、そゆとこだぞ」

どうやらモテる恋人が出来るのは中々大変かもしれない。



「そんで、晴れて付き合った訳や」
「ええ、おかげ様で」

後日、桃谷は大阪に天満との交際を報告すると、外科医曰く「嫁を口説いたバー」に連れて来てもらった。天満も誘われているが、オペ記録を書いた後遅れてくることになった。

「きっかけなんやったん?」

マティーニを口に付けながら、ダイレクトに大阪は聞く。桃谷はフレッシュフルーツのカクテルを作ってもらい、そのグラスの縁を指でなぞる。

「あーちゃんは私しかダメなんだと思ったんです」
「ほぉ、私が、じゃなく?」
「はい。普段は完璧だし非の打ち所がない子なのに、私がいないとダメな子なんだな、と思ったら愛しくなっちゃって。その時だけど、この子を守るために生きたんじゃないかと、妄想かもしれないけど思ったんです。」
「弱ってるとこが好きて。あんた意外とSなんちゃう」
「どうなんでしょう」
「天然には冗談無効か。…まぁ別にええけど。幸せそうで良かったわ」
「幸せですよ、毎日。愛されてます」
「けっ!ひっどい惚気やな」

まぁ、ええけど。笑みを作りながらまたグラスを傾ける。
「すみません。結菜、大阪先生、お待たせしました」
「お。姫!待っとったでー」
「あーちゃん、お疲れ様」

天満は桃谷の隣に座り、ブラッディメアリーを注文する。大阪と話に夢中な桃谷の片手に指を絡めると、恋人の耳が赤く染まる。

「ほら!最近の若い子は油断したらイチャつくんやから!!アンタら、明日休みやろ?今日は潰して帰るからなー!!」
「いやいやそれは勘弁してくださいってば」

やれやれ今夜は朝までコースね。もしかしたら大阪を家まで送らないといけないかもしれない。ため息つくと、密かに繋いだ手を軽く引っ張られる。顔を上げると、楽しそうな表情の桃谷が近づいてくる。

『今夜泊まるね』

年上の恋人に耳元で言われ、頬を緩めながら 静かに頷く。顔が自然とニヤついてしまう。

「だから、いちゃつくなー!テッキーラショットいくで」
「はいはい飲みますよ。結菜胃薬飲んだ?」
「あ、本気だしちゃう?桃谷も飲みまーす!」

その夜どうなったか誰も知らない。

END

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