レイニーレイニーデー(創作百合/佐藤伊藤。)

 ある日曜日、大雨が降った。今朝の天気予報も大ハズレ。急な雨だった。傘を持ってない無防備な私達はひとまず近くのカフェで避難した。同じ不意打ちを食らった人は多かった様子で、店内の窓から見た人達はビニール傘を差している人が多かった。

「いやですねぇ」

 両手で頬杖付いてそう言う紗季は裏腹嬉しそうだ。その事を突っつくと、「先輩といますから」と簡単に言いのける。紗季は大抵の私のことを褒めるからいつもの事だった。どうして自分にそんな価値あるのか、正直わからない。だけど、古くから恋愛というものは論理に敵うものではないらしいからあんまり考えないことにした。きっと考えても永遠に答えは出ないだろう。
 濡れたサンダルと軽く皮膚にへばり付いたベージュのシャツと黒パンツが気持ち悪い。色の付いた服で良かったと思う。白だと下着が透けて周りに気を遣っていただろう。クーラーの風が首元に当たり、少し肌寒い。冷え性な体質なため、末端から身体が冷える感覚がした。ブルッと一瞬震えると、紗季が「クーラーの温度を下げてもらえませんか。ブランケットありますか?」と店員に聞いてくれた。「ありがと」と彼女の方を見ると、白のシースルーのノースリーブトップスが雨で浸されている。その下の色が透けて見えそうで白下地で見えない。シースルーと言いながら見えないのは妙な言葉だ。いや、別にがっかり等してないんだけど、言葉の問題だ。そう決して。
 紗季はタオルで髪を包み込むように拭いていく。香水の芳香が湿気で蒸せかえりそうなほど漂い、酔いそうだった。何だか匂いとうなじに妙な色気が滲み出ていて、私は、なんだか、そう、ムラッとしたのだ。

「何見てるんですか?」
「なんか、えっちだ」
「何見てるんですか」

 同じ台詞だったけれど、2回目の語尾は苦笑が混じっていた。自分の分のブランケットを肩から被って隠す。私も苦笑のまま、視線を逸らして水の入ったコップの縁を手持ち無沙汰に人差し指でなぞった。硝子のコップに浮いた水滴が重力に従ってゆっくりと落ちていく。気温は暑いのに雨のせいで身体が妙に冷える。早く温かいものが飲みたい。冷えを解消させたい。くるくると縁に沿って円を描いて遊んでいると、ふと片方の手に暖かい感触に包まれる。視線を上げると、紗季の笑顔が覗き込んでいた。

「冷えてますね」

 そう言い訳して指を絡めて手を繋ぐ。大胆な行動に誰かに見られてないか怖くてそわそわする。緊張で硬直して自分からは握れない。今日の彼女はダイタンだ。いつもはそれとなく振りほどくけど、なんだか自分も繋ぎたい気分だった。女同士の手繋ぎなんて友人関係でもよくするものだと言いきかせて。私達の関係はバレてはいけないかのように。静かに手を繋ぐ。意味ありげな視線が一瞬向けられた気がしたが、少し我慢した。私達は何も悪いことはしてなかったからだ。誰かが近づく気配を感じたようで静かに手を戻した。あくまで自然な所作だった。

「ホットコーヒーとカフェモカです」

 コトリ、と音を立てて、店員さんが洒落た茶色の陶器のカップをそれぞれ置いていく。悪戯っ子の目がこちらを見る。苦笑で返しながら人肌ではない硬い温かさに手を触れて、しばらく手を温めてから珈琲をゆっくり流し込む。冷えた身体が中から温まる感覚がして心地よい。前からチョコレートの甘い香りが漂ってくる。カフェモカは甘党な彼女が好むものだ。紗季はカップに唇を付けて、約15度程傾け、片手で髪を耳に掛けて飲んだ。一連の流れるような優雅な仕草が自分になくて羨ましいな、と静かに思いながら、予め付いてくる豆のお菓子をつまむ。彼女はソツがない。そんな気がする。
 スマートフォンで天気予報を見ると、夜は雷が鳴るそうだ。そうであるなら、早々に諦めて傘を買って帰るのが正解かもしれない。しかし、身体が濡れた鬱陶しさのせいか、妙な倦怠感と眠気に帰る気力も少しずつ奪われていく。

(このままずっとダラダラしたい)

 はぁ、と無意識にため息が出て窓の外を見る。雨は無情にも止めどなく降り続けて窓を叩いている。

「…このままずっとダラダラしたいですね」

 その紗季の言葉にはっとする。自分も先程思ってたことだ。「ん?」とはにかむ彼女に頬が緩む。ずっと一緒にいると思考も似るのかもしれない。偶然の嬉しさを独り占めしたくて密かに笑う。

「どんどん降ってきそうだし、帰ろっか」
「そうですね」

 会計を済まし、カフェから出ると、雨宿りしている人達がまばらにいた。雨脚が少々弱まった様子だ。帰るチャンスかもしれない。近くの雑貨屋で傘を一本購入し、そのまま開いて帰路に着くことにした。やはり靴が濡れて靴下に染み込む感覚は苛立たしい。湿気で背中のざわざわする感覚も髪がごわごわする感触も不快でどうも気に入らない。話に集中して避けれない水溜りに足を突っ込んでしまい、ため息をまた吐く。雨で良かったことなんて、限られているだろう。紗季はびしょ濡れになった私の靴を見てツボに嵌ったのか、子どもの様に大笑いした。ムッときたけど、彼女が笑った反動で腕にくっついてきて、その柔らかさと温かさに苛立ちが溶かされた。私は自分で思うより単純だった。私から見る紗季はいつだって上機嫌に見える。うらやましいくらいだ。

「Nothing’s on my back because I wanted it with you」

 紗季が口ずさむ。彼女の大好きなRADWIMPSの曲だろう。最近軽音サークルでコピーバンドを作り歌っていたのが印象深い。どこかほろ甘い、懐かしい曲。彼女が良く聴くから何となく聴く様になり、私も好きになった。一緒に2回位ライブに行ったことがある。好きな人の好みは影響されるらしい。

「And I want you too… I want you」

 紗季の声が傘の中で響く。周りに人はおらず、ふたりだけのライブの様だ。雨の日は歌が疲れた身体により染み渡る。彼女の歌声は特に好きだ。独特の優しさを含んでいるような気がするのだ。そして私に対する特別感も含まれていて好きだ。
 雨の日の音楽は疲れた身体をじわじわ癒していく。

「ねぇ、雨で良かったことを言い合いませんか?」

 ニコニコ笑う彼女の提案に乗って、雨で良かったことを考えた。

「…水不足が解消する」
「あはは!大きい所からきましたね」

 そんなこと言われても。あんまりないと思っているから仕方ない。ポポポ、と大きな雨粒が傘に当たる音がする。

「かえるが嬉しがる」
「かえるって、可愛い答え。えーと、涼しくなる」
「水やりしなくてもいい」
「人の暖かみが染みる」
「ふふ、確かに!晴れの日のありがたみがわかってくる」
「…..運動会がなくなるとか」
「先輩らしいなぁ。先輩と一緒にゴロゴロできる」
「音楽が響く」
「あ!わかります、ソレ!んーあと何かな。温かいものが美味しく感じる」
「なるほどね。あとは…..んー」

 なんですかー?、と肩に寄り掛かり、香水の香りが誘惑する。経験値上、これは明らかに誘ってる仕草。

「紗季が甘えて色っぽくなる、とか」

 人通りが少なくなるとか。少し背伸びして冷えた唇を合わせる。皮膚と皮膚が合わさるのが気持ちいい。唇は不思議だ。きっとこの辺りの感覚神経は微細にばら撒かれてるのだろう。いっそ大きいたらこ唇ならもっと気持ちいいのかもしれない。

「先輩、あのね」
「何」
「私もムラムラしたんですよ」

 考えていたことはやっぱり同じらしい。雨の日は人肌恋しくなるのかもしれない。

「嬉しそうですね、先輩」
 
 ニヤニヤこちらを見てくる紗季に私は笑って言い返す。

「紗季といますから」

 彼女が言うように、私も雨の日とて、紗季がいるだけで嬉しいのだ。

END.

2020年9月25日pixiv掲載

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