オータム・ピーチ・ジェネレーション(創作百合/佐藤伊藤。)

 秋の風が心地良く吹いてくる。黄色く色づき出した木の葉を揺らしながら、そよそよと風が音を鳴らす。大学まで続く遊歩道を歩くと金木犀の香りが仄かに漂ってくる。
今年も秋が来た。
夏が終わり、心地良い温度の空気に包まれる。受験戦争から解放された大学生にとって、秋は楽しいものでしかない。

「あら、珍しい。また貴方ひとりなの?類。」

「珍しい」というコメントが他人から出るようになるくらい、マンションの隣の部屋の後輩と一緒にいる。

「うん、最近軽音サークルの方が忙しくてさ。ほら、シーズンじゃん?」
「あぁ、学園祭ね」

そう、学園祭。秋はスポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋、そして音楽の秋とも言う。軽音サークルにとって、学園祭は自分達のライブを様々な人々に見てもらえるという絶好の場だ。

「あの子、音楽も出来るのね」
「ピアノ、ギター、ベース、バイオリン…..ドラムも出来るんだって」
「ホント、完璧ね。類にはもったいない」
「麗子も言うか〜」
「そういうアンタも忙しいんじゃない?一応学祭委員じゃない、押し付けられたという」
「ちょっとだけね、下っ端だしそこまで忙しくないよ」

私、佐藤類は学園祭の本部を担当することになった。本部は学園祭のステージや屋台を管理をする部署だ。アーティストを呼んだり、ステージのスケジュールを組んだり、マイクや椅子、机等必要物品を用意したり、ビンゴの商品を買ったり、まぁ、所謂裏方の仕事だ。

「貴方、身体弱いんだから気をつけなさいよ?」
「麗子、おかんみたい」
「誰がおかんよ」

もう、と眼鏡を触れる山本麗子の端正な横顔を見て笑いながら、ポケットから煙草を出して一本咥える。

「って、貴方普通に吸うの?」
「ん、吸うよ?」
「春に禁煙した、って言ってたじゃない。紗季ちゃんと付き合ってから吸ってない、て」
「あー、なんか。最近忙しくて」
「はぁ…どうせ、紗季ちゃんに構ってもらえなくて寂しいだけでしょ」
「ち、違うよ」
「違わない。貴方のメンタルの弱さは昔から変わらないんだから。はい、没収」
「ああ!」
「紗季ちゃんに言うわよ」
「…はい」

ため息をついて、手持ち無沙汰になった手をカーデガンのポケットに入れる。それより口寂しさをどうするかが問題だ。ジュースでも買うか。隣で溜息が聞こえる。

「バカね、あの子に寂しい、て一言言えばいいのに。類ちゃん」

麗子は優しく微笑み、細く長い指を唇に押し付けられる。何!?、と言い返そうとしたら、コロンッと飴が私の口腔内に落ちた。桃味だった。170cm以上の巨体から子どものように(私は155cm)頭を撫でられる。クソ、顔とスタイルはいいんだよな、この女。ちょっとドキドキしたわ。そして、ドキドキした自分に後悔だわ!

「言える訳ないじゃん、一応先輩だし」
「彼女なのに?」
「関係ないよっ」
「ふぅん」

麗子は幼馴染で付き合いはかなり長いが、たまに考えていることがわからない。私の考えていることや好みは私以上に知っている気がして、少し怖い。この香水も私の好みだ。

「紗季ちゃん、何のバンドでるの?」
「いくつか出るよ。何でも出来るから引っ張りダコで掛け持ちするアジカンのコピバンとかSCANDALのコピバンするとは言ってた。ミスチルやRADや米津玄師も歌うって!」
「多彩ねぇ、ジャンル問わないのね。見に行こうかしら」

自慢の彼女にニヤニヤしてしまい、麗子に頬を引っ張られたのは言うまでもない。


学園祭当日は委員の仕事が案外忙しく、軽音に顔を出せなかった。しかし、ステージは21時に終わり、そこからは片付けて1日目は22時には解散となった。軽音サークルは夜間もぶっ通しで夜中も食堂の屋内特設ステージで弾いている。一年生は夜間から始まることが多い。麗子を誘い、レモン付きのスミノフを購入して特設ライブハウスに入る。24時からが紗季の『桃缶カンフージェネレーション』の出番だ。

「なんで桃缶?紗季ちゃんも好きなの?」
「私の好きな食べ物聞かれて、桃、て答えたから。」
「ああ、とんだノロケ話聞かされたわ」
「麗子が聞いたんじゃん。あ、紗季だ」

紗季は私を見つけると、手を振ってくれた。しゃがみながら、セット作りを手伝っている。軽音部で揃えたK-ONと書かれた黒の半袖Tシャツに細身のジーンズ。彼女のカジュアルファッションはなかなか珍しく、骨格の細さが目立ってビジュアルが良すぎて、胸にダイレクトに来る。今日は朝から忙しかったのか、髪も少し乱れている。

「先輩!わぁ、嬉しい!!麗子さんも来てくれたんですか!」
「ふふ、紗季ちゃんTシャツでも可愛いわね」
「ありがとうございます!これ、軽音部の皆と作ったんです!」
「可愛いわね。次?頑張ってね」
「はい!ギターボーカルするので、是非聴いてください!」

麗子と話し、紗季はこっちを向いて、「先輩!」とさながらゴールデンレトリバーのように寄って、両手で私の手を握る。

「次、ボーカルなの?頑張ってね!」
「あー本当に先輩だぁ!緊張します〜〜」
「紗季、お酒奢ってあげる。何がいい?」
「いいんですか?えっと、先輩と同じのでいいですよ!」
「OK、買ってくるわ」

スミノフを買い、紗季と乾杯し、頭を撫でて激励した後、麗子のとこに戻る。麗子に見つめられ、「何だよー」と聞くと、ニヤニヤと笑われる。

「いや、貴方もちゃんと恋人してんだなぁ、て」

何だよ、ソレ。

「はい、次は期待の新入生バンド『桃缶カンフージェネレーション』!!」

軽音部の司会後、拍手喝采が上がる。伊藤紗季のビジュアルは大学を通して有名だ。ミーハーな伊藤ファン女子は真っ先に前列を確保し、そして、勿論そこに鈴木(♂)というコアなファンもいる。
真っ暗な照明の中、メンバーが準備をする。紗季がマイクをセッティングしている気配を感じる。すぅ、と息を吸い、長く吐いている。
前列は取れなかったけど、3列目のボーカル前を麗子と確保した。
ドラムが合図を出し、ギターが始まる。水色のライトに照らされた紗季が器用にギターを演奏する。光に包まれた紗季は集中した顔で、正直、色気あって格好良い。

「君を待った
僕は待った
途切れない明日も過ぎていって
立ち止まって振り返って
とめどない今日を嘆き合った」

アジカンのRe:Re:だ!
紗季がアジカン好きで部屋で聞かせてもらったことがある。その時「この曲好きだなぁ」と呟いた記憶がある。それを紗季が聞いていたか知らなかった。

「そしてどうかなくさないでよって
高架線の下、過ぎる日々を
後悔してんだよってそう言い逃したあの 日」

息を呑む。今までアーティストのライブは行ったことがあるが、身内のライブは新鮮だ。
しかもこんな近くで。ブルーライトに照らされた綺麗な顔は何だか艶めかしい雰囲気を醸し出していて。いつもの可愛らしい年下の後輩と全く違った。マイクを両手に持って、私と眼が合う。口角を上げてニヤッと笑う紗季。キャー!!!と黄色い声援をあげる伊藤ファン女子達。

「うっわ。雰囲気ガラッと変わるね、紗季ちゃん。柔らかさなくなって一気にカッコよくなった!」
「うん、スッゲー」
「類も初めて?紗季ちゃんのライブ」
「うん。これは、圧倒されるわ」
「惚れ直した?」
「そりゃあ、そうでしょうよ」

アジカンの曲を高めの声で女性が歌うのも新鮮だ。可愛いさの中に格好良さと芯の強さを感じる。まぁ、所謂、可愛い華奢な子が格好良い渋い曲を歌いこなすことが単純に「ギャップ萌え」する、ってやつだ。「あの子、私の彼女です!」、と自慢したくなる。しないけど。
演奏も私はギターを弾いたことないが、かなり上手い方なのではないか。
観客からの伊藤コールが半端ない。

「桃缶カンフージェネレーションです!今日は頑張ります!Gt &Voの伊藤です!」

ド、ド、ド、ド、とドラムのコールで紗季が渡されたビールを飲み干す。相変わらず酒は強い。

その他、覚えている限り『リライト』『君という花』『荒野を歩け』『ソラニン』『ループ&ループ』『君の街まで』を桃缶は歌った。麗子も桃缶のファンになったらしい。久々に興奮した顔で次のライブに行きたいと仕切りに言い出した。宝塚といい意外とミーハーなんだよなぁ、山本。

「先輩、終わりました!帰ります?」

AM3時に紗季は解放された。疲れと酒に酔ってるのか、私の腕に抱きついてくる。無理やり鈴木に麗子を送らせて、私達は近くのアパートなので歩いて帰ることにした。流石は紗季で帰宅途中で恐ろしい程声をかけられたり酔っ払いにけど、恐ろしい眼力で断っていた。美人の睨みは隣の私も怖い。

「紗季どうする?今日は疲れたし、自分のとこで寝る?」

私達の部屋は隣同士だ。別に明日も朝から学祭あるし、一緒に寝てもいいけど付き合ってるといえどお互い自分の部屋で寝た方が休まる時がある。紗季は悪戯っぽく笑う。

「先輩って本当は帰したくないのに、帰る?と聞きますよね。どうしてですか?」

手を握られて、私の部屋に連れ込まれる。玄関でキスされて、「紳士ぶってるんですか?それともヘタレ?」と聞かれ、答える前にキスされた。今日の紗季はアグレッシブだ。ライブ後で興奮が治らないのかもしれない。

(今日は下かな。)

完全イニシアチブを年下に奪われて、私は近い今宵の将来を予感する。首筋を鼻を擦り付けられて、軽く噛まれる。手が背中の肌に這わされてゾクリとした感覚がした。ひ、と声を上げると、彼女は笑った。両手がそっと顔色の悪い自分の顔を包む。

「先輩、泣いてたでしょ?」
「え?」
「ソラニンの時です」

ソラニン。5曲目だ。
漫画から映画化になった映画の主題歌。
付き合って6年目の男女だ。男が夢と現実に悩み、ついに音楽の道の決意をしたものの、現実に破られてしまう。2人は1度関係を破綻したが回復する。しかし、その時男は事故で亡くしてしまう。そんな話だ。

「次はソラニン!」

紗季が人差し指を天に指し、言う。歓声の中、ギターがイントロを奏でる。ステージの上の紗季の顔が生き生きと輝いて眩しかった。

(青春真っ只中!てかんじ?)

紗季がきらきら輝いているのを見て疎外感を覚えた。
こんなに皆に囲まれているのに妙な孤独感。
ライブの賑わいの中で私だけ世界が切り離されたようだ。妙な焦燥感。軽い劣等意識。アルコールの影響か、感傷的になって不安感が強くなる。胸がずーんと重い。あれ、私どうやって上手く溶けこむように笑うんだ。

「たとえばゆるい幸せがだらっと続いたとする
きっと悪い種が芽を出して」

何者になれない自分。
どうか、名札をつけてほしい。
誰か、代打で私の行先を選択してほしい。
適当な方向に位置付けてほしい。

「もうさよならなんだ」

歌う紗季はステージの上から私に微笑んだ。その姿があまりにも眩しくて、無感動な涙が流れた。特別なきみをいつか私は手放すことができるだろうか。ふとそんな台詞が頭によぎって何だか悲しくなった。
君はこんなに、特別で素敵なのに。
どうして私を選んだんだろう。
もしかしたら名字の通り平凡な佐藤を特別にするのは同じ平凡な名字なのに特別な伊藤なのだろうか。

「先輩、こっちみて」

紗季が私を呼ぶ。

「私は何者でもない、ただの伊藤です。些細なことで悩むし、寂しいと思うし、たまに泣きたくなるし、しょっちゅう自分にしんどいと思います。見えやすい評価なんかクソくらえですよ。美人だから特別?何かが優秀だから特別?友達が多いから特別?有名だから特別?いいね!が多いから特別?承認欲求はある程度満たされてるかもしれませんけど。でも何者でもない伊藤が自分を特別だと思うのは、きっと」

年下の後輩はじっと目を見る癖がある。私はその大きな目をそらせない。

「佐藤先輩のせいですね。」

そんなことない。そう言いたかったが、何故かこの時その言葉に救われた。自分がそう信じたかったのかもしれない。
彼女が凄いと思うのは、私が欲しい言葉や行動を絶妙なタイミングで与えてくれるのだ。
そして、わかっていながら彼女に乗せられる自分がいる。

「好きー」

キスをされ、ソファーまで引っ張られ、押し倒される。お互い酔っ払いで、ふらつきながら柔らかなクッションに沈むこむ。
酔っ払い同士のキスは少し香っていいものではない。でも紗季なら何でも許せた。

「今日は眠れないですね」

そう言って、年下の彼女は私の太腿を持ち上げた。



明日起きた時、身体がだるかった。いや、だる過ぎた。太腿から先が鉛のように重い。そしてお尻が痛い。隣を見ると、可愛らしい寝顔。こんなに超男モテしそうな子が年上の腕枕してるんだもんなぁ。細い腕から抜け出して、適当にキャミソールと短パンを履く。煙草とライターを取ってベランダに出る。ふと昨日の紗季の歌声を思い出す。

「揺らいでいる頼りない君もいつかは〜」

私は口ずさむ。ASIAN KUNG FU GENERATIONの『君の街まで』だ。ライターに火を点けようとすると、後ろからベランダが開く音がした。綺麗な歌声と共に。

「僕らを救う明日の羽になるかなぁ」

背後から毛布に抱きつかれ、口元の煙草を奪われる。毛布の中に感じる肌の感触にもしかしたら毛布一枚なのか妄想する。

禁煙厳守です。

紗季はそのまま唇を私に合わせた。あと数時間に学園祭2日目が始まる。
それまで、もう少し。もう少しだけ彼女といさせてください、先生。

END

2018年10月6日 pixiv掲載

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA