末端冷え症(創作百合/佐藤伊藤。)


「先輩の手って冷たいですね」

紗季が家にいることが珍しくなくなった頃。
ふたりでぼんやり過ごす時間も悪くないな、とタブレットでyoutubeの実況動画を見ながら思う。紗季は隣で金曜ロードショーをとてつもない集中力で見ていた。付き合ってから少し経つけれど、飽きるどころかどんどん好きなポイントが増えていく。
例えば、横顔。付き合う前あんまり意識していなかった点の一つ。長い睫毛とくっきりとした二重と角度の良い高い鼻筋に、紅に染めた唇。

何で好きになってくれたんだろ?

何度か口にしたけれど、紗季に言わせたら、「こっちが聞きたいですよ!」といつも笑われる。それ以来泳がせておいた問いであるが、たまに想起する。

「すき」

香水が薫り、顔を上げると軽くキスされた。彼女越しにテレビを見ると、画面はCMで今流行りの女優が美味しそうにビールを飲んでいる。二の腕にくっつかれて、頭を肩に乗せられて、手を繋ぐ。
肌の柔らかさと体温が絶妙に心地よくて、ずっと触っていたくなる。

「手、冷たい」

また笑われた。
私は元々冷え性で、クーラーをつけると手と足先から冷えて、特に手は冷たい。

「気持ちい」

掌を紗季の頬にくっつけると、溶けるように笑顔を見せる。
掌だけでこんな表情引き出せるなら末端冷え症も悪くない。

「ん」

その顔が可愛くて綺麗だったので頬にキスする。離した瞬間、自分の唇の形状した口紅が白い肌に残った。

「あ、色ついた」
「あはは、拭いてくださーい」

口紅をゴシゴシすると、やはり冷たいらしく、くすぐったがる。

「ほんとに冷たいね、先輩の手」
「ちょっと寒いからかな」
「クーラー下げる?」
「んん、紗季があったかいからいいや」

後ろから抱きしめると、温かい体温が伝導する。鼓動がとくとくと感じて、だんだん紗季が熱くなる。赤くなる紗季の耳にキスをすると、それがきっかけだった。CMはもう終わって映画が始まっていた。紗季が振り返って、私に軽く跨って唇にキスされる。端正な白い顔に深く口付けられ、無味な感触を堪能する。段々身体が熱くなる。紗季に触れられると、暖かいし、気持ちよくて逆にずっと触ってもいられる。ノースリーブから覗く二の腕が柔らかく当たり、触ってしまう(結構筋肉はあるみたいだけど)。服の裾から手を入れて滑らかな背中の肌に触れると、突然彼女は爆笑した。

「あっはは!冷たー!!」

ムードが一瞬にして打ち壊れ私たちは一旦離れる。そのタイミングで映画に興味を引くシーンが流れ、紗季の興味がそちらにうつってしまう。

(う、うそだろー)

デキル女の切り替えの速さと集中力を舐めてはいけなかった。
紗季はまた元の体操座りにクッションを抱いて、映画の1シーンの女優の如く、端正な顔で画面に集中していた。
私は自分の掌を見る。
己の末端冷え症が憎たらしかった。


END

2018年8月24日pixiv掲載

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