体質なのか、雨の日は大概調子悪くなる。
体調面も含め、気分の面、運勢すらもだ。
そこに、生理という月一回の女性限定のイベントが重なると更に達が悪い。体調絶不調と運勢最悪というコンボはさすがにポジティブで能天気な方の私でも気が滅入ってしまう。
(嫌だなぁ。早退しようかな。)
午後の講義の待ち時間、雨の湿気による気だるさと下腹部の鈍痛に体を机に預けながら携帯を開いた。スクロースさせて、天気情報のアプリを開くと、この1週間は傘と曇りの絵で埋め尽くされていた。
「雨かぁ」
「台風来るんだって、今日」
「ええ、またー?」
隣から田中涼子ちゃんの凜とした声が些細な呟きに答えてくれた。涼子ちゃんは高校時代からの友達で、受験勉強も一緒に勉強してきた。めでたくも二人共志望校に合格し、今年の春から涼子ちゃんと、私、伊藤紗季は大学一年生となった。
新しい環境にやはり顔馴染みの親友がいることはとても心強く、それほど大きな緊張感なく、リラックスして友達作りが出来、今の所順調に楽しい大学生活を過ごしている。
「傘忘れたのに気づいて良かった。こんな雨の日に傘を持ってないのはツライ」
「傘」
そういえば先輩は傘を持っていったのだろうか。朝、寝ぼけ眼の先輩に「傘持っていってくださいね」と一言添えたのだけど、忘れっぽくて面倒くさがりなあの人はきっと持ってきてないのだろう。
一週間前来た台風で、豪雨だった時も傘を差さず、濡れ鼠状態で帰ってきたのは記憶に新しい。自分でも珍しく怒ったけど、先輩はイングランドの人は傘をささないんだよ、とドヤ顔でのたまった。もう、あの先輩は。
天気予報を消して、ラインのボタンを押した。担々麺のアイコンをタップする。
傘持ってきました?
文字を打つと、きっと携帯ゲームでもしてたのだろう、直ぐ既読がついた。
<あ、持ってきてないや
やっぱり。頬が緩む。顔を見る時も緩むけど、ラインの文字づらさえも愛しい。
>迎えに行きましょうか?
こう返すと、テンポよく進んだ会話からしばらくの間が空いた。画面を食い入るように見ながら待つ。しばらくすると、携帯が震えた。
<いいや、さき面倒でしょ。麗子に入れてもらう。
「はぁ」
この先輩はわかっていない。少しは先輩にすぐに会いたい、という意味を込めてることを気づいて欲しい。
山本麗子先輩は佐藤先輩の幼馴染で、私と涼子ちゃんと同様、高校時代同級生で親友だったらしい。容姿端麗で、眼鏡の超美人で、スタイルもよく、宝塚にいそうなタイプだ。似ている芸能人を上げるとすれば、北川景子さんで、後輩にもファンが多い。
佐藤先輩とはお互い口は悪いので、会うたびに悪口の言い合いをしているが、見ていると、それは逆に仲がいい証拠のようだ。
何だかんだいって、ニコイチで一緒にいるので、嫉妬しないと言えば、嘘になる。自分の顔とは違う満面な笑顔のキャラのスタンプを押して、携帯の画面を閉じ、また体を伏せた。
「嫌だよねぇ。こんな時に雨が続くなんて。昨日まで暑かったのに、一気に冷え込むんだから、って聞いてないね、紗季」
「うん、そうだねー」
「わぁ本当に聞いてねぇ」
「うん…」
(山本先輩に悪いし、やっぱり迎えにいこうかな?)
「だめだこりゃ。はいはい、佐藤先輩ね!佐藤め!何であいつなんだか」
佐藤先輩に厳しい涼子ちゃんは拗ねてむくれている。そうしていると、講師がようやく教室に入ってきた。
◇
「田中ー!部活行こー」
「ほーい!じゃ、沙希。気を付けて帰るんだよ?沙希は可愛いんだからさー!」
「うん、ありがとう!行ってらっしゃい。頑張ってね。」
一人廊下を歩くと、風が窓に当たる音が聞こえてくる。
(台風、来るんだ)
静かに暗い廊下を一人ぼっちのヒールの音を立てながら歩く。コツ、コツ、コツと音が廊下に響く。すると、先に見慣れたふたりを見かけた。
「馬鹿っ!!」
「痛ッ」
足が自然と止まり、表情が弛緩する。私に尻尾が生えたなら見るからに嬉しげに振っていただろう。
「(あ、先輩だ!)」
「なんでこんな大雨の中、傘持って来てない訳?馬鹿なの?」
「だって、朝降ってなかったじゃんかー」
「天気予報、降水確率99%よ」
「うっそだぁ」
「嘘じゃないつーの。はいはい、今日は入れてあげるから」
「へへっ、さんきゅっ。山本」
「高いわよ?」
「うぇ~」
「(あーあ。)」
完全にタイミングをなくした形だ。軽く落胆しながら、傘の取ってを両手でいじる。
ふわっ。
追いつかない程度にゆっくりと二人に近づくと、雨の湿気と共に漂う金木犀の香りが鼻腔をくすぐった。
「(あ、この匂い。先輩、好きそう)」
この香水なんの匂いだろう。先輩が山本先輩の首筋をくんくんと犬の様に嗅いでるのが見えた。
「ちょっと、何よ気持ち悪い」
「あー、ごめんごめん、麗子、香水変えた?前も好きだけど、これも好きだわ」
「そ?ありがと」
淡々とした会話だけど、違和感を感じた。女の勘ってやつかもしれない。山本先輩の微妙な表情の揺らぎにある事を気づいてしまう。確信ではないが、そうなんだろうという予想。
「…ぁ」
「(あぁ、そうか。山本先輩は。山本先輩も、そうなんだ)」
ひとつの視覚情報で自分の中で仮説が出来上がる。
山本先輩もきっと佐藤先輩が好きなのだ。
「いやなこと、気付いちゃったなぁ」
ブランドの傘に二人並んで帰っていくのが見える。最悪。また下腹部の鈍痛が不定期に始まる。雨で体が冷えてきて、胸も胃もじくじくと痛みだした。
ああ、いやだ。
ああ、いたい。
ああ、くるしい。
ああ、いらだつ。
負のサイクル。体調不良が全て悪い方向へ考えを向かわせてしまう。本当に今日の運勢は最低で、最悪だ。自分にこんな醜い感情があることに自己嫌悪する。
「あー、もう!!」
こんな日は何もせずに寝るのが一番なのだ。早く寝てこのサイクルを切らなきゃ。きっと帰ったら先輩に当たってしまって、また自分が嫌いになるだろうけど、仕方ない。
それより、早く、先輩に会いたい。早く会いたいんです。
END
2017年10月17日 pixiv掲載