鈴木くん(創作百合/佐藤伊藤。)

俺は、恋をした。

一目惚れだった。女神だった。そう、この受験生だった1年間、白と黒と参考書の青色ぐらいしかなかった俺の世界が一気に鮮やかな彩りを帯び、眩い光に照らされた。しかも、男ばかりのむさくるしい(ある意味超楽しかったが)高校生活から一転して甘いシャンプーの香りと輝かしい共学の世界が広がった。

大学1年の入学式。
彼女は新入生代表として大勢の学生の前に降り立った。その柔らかで清潔感のある身なりと、単純にメディア栄えする顔だちの良さ、凛として答辞を読む姿は、観客の多くに目を惹かせ、興味を持たせ、そして感動を与えた。あの答辞を綺麗な唇で読み給う姿はまるで映画の1シーンのようだった。

さっき言ったように俺は中高一貫で男子校だ。中高共学のやつには大部分の面で負ける。だが、男らしさ(むさ苦しさ)と生まれつきの顔だちの良さというものはあいつら以上にあると信じている。
漢にできることは一つ。直球に行くこと。

俺はあらゆるネットワークを駆使して女神、伊藤 紗季の情報を集め、女神が入る予定のサークル情報を掴んだのだ。死ぬほどの努力だった。

球部愛好会。
球を使うスポーツ、テニス、野球、サッカー、フットサル、卓球、バスケット、バレー、キックベース、ポートボールetcを男女楽しく(大事!)遊ぶサークルだ。
規則は緩く、活動も非定期的であり、幽霊部員も沢山いるが、所属人数も割と多く、適度に大学生活を楽しむのにバランスが取れたサークルだ。高校時代サッカー部だった俺としてはアピールするのに絶好のチャンスだ。

「伊藤さんっ」
「あ、えっと鈴木くん?」

奇跡!女神が俺の名前を覚えてくれた!

「球部愛好会に入るんだって?」
「うん、なんで知ってるの?」
「噂でなー」
「そっか〜」
「今度卓球するんだって!一緒にいかね?」
「うん、行く行く〜」

着実にポイントを稼ぐ俺は有頂天になった。女神は本当に女神だった。白い肌、小さい顔、まつ毛の長い大きい目、色素の薄い瞳、鼻筋の通った鼻、形の良い薄い唇、滑らかな髪、細く長い首筋。身長差もほど良くて良い感じに下に見下ろせるし、こちらを見る時もやや上目づかい。最高だった。
それ以外にも、女神は愛想よく、明るく、何の話でも乗ってくれた。

今日サークルが活動してるという体育館の二階に行くと、激戦が繰り出されていた。

「おいおい、マジかよ・・・プロか?」

凄まじい速度でスマッシュを打つストレートロングでモデル体型の眼鏡美人に対して、だるそうな顔をして鮮やかなカットを繰り出す茶髪ロングパーマの細身の小綺麗な女性。

「類、そろそろ諦めなさい!!」
「嫌だね、勝てば1週間昼飯代おごりは、」

ストレートロングが再び鋭いストレートを打ち返す。背が170ぐらいあるからか、球の威力も迫力がある。それに対して、全く怖気付かず茶髪パーマは少し台から離れたところから冷静にカットで返す。

「大きいっ!!!」

カットマンてやつか。迫力ある打ち筋にことごとくカットして自滅的なミスを誘おうとしている。スポーツは性格も出るというのか、2人のスタイルの違いが明らかに違って興味深い。俺はもちろんモデル体型の卓球スタイルになりそうだ。この激戦をサークル部員は慣れた目で観戦している。日常茶飯事のようだ。

「こりゃガチ過ぎてヤベーな、伊藤さん」
「あの人・・・」
「ん?」

伊藤さんの方を見ると、茶髪パーマのカットマンの方を集中的に見ている。どちらかと言うと女子にはモデル体型の美人が人気な気がしないでもないが、伊藤さんはじっとカットマンを見ていた。
激しいラリーは10分続き、体力ないのか細身のカットマンの方の疲れが見えた。しかし、決してあきらめない。どんな手を使っても。

「早霧せいな」

カットマンがぼそっと呟いた時、一瞬ストレートロング美人が目を緩ませた。ほんの、わずかな隙。打ち返された球が甘い。カットマンが口角を上げた。

「もらった!」
「しまっ、」
「サーッッ!!」

カットマンがようやく右腕を大きく後ろに引き、素早く振りあげ、力強いスマッシュ!球は低い軌道でネットを越え、ストレートロング美人のラケットを避け、台の隅でバウンドして。


「あ」


――――――俺の額に的中した。


「いってえええええっ!!」

あのやろう!俺の広大な額を!!スピンもめっちゃかかって余計痛えぇ!!あまりにも激痛に額を押さえてうずくまる。

「大丈夫!?」

隣にいた伊藤さんが俺の額に柔らか冷たい手を当てる。ごめん、撤回。ありがとうございます、先輩様。

「あちゃ〜」
「あちゃ〜、じゃないでしょ。全く。汚い手を使ったからこんなことになるのよ」

卓球台からこちらへ近づいてく先輩方。

「なんだっけ?RICEだっけ?安静、アイシング、圧迫、あれ、なんだ、挙上?額はどうすんの、首吊るの?」
「それは死ぬわよ。ねえ、君、大丈夫?」

美人が近づいてしゃがむ。近くで見ると更に美人だ。いつもなら喜ぶが、今は痛みでそれどころではない。

「とりあえず、氷取ってくるわ。類、見てて。それより、謝りなさいよ」
「うん」

カットマンはドサッと座り、お尻を使ってじりじり俺に近づく。そして、俺の額に当ててる伊藤さんの手の上からカットマンの手が置かれる。
伊藤さんと比べて暖かい手だ。

「わ、あつい、痛そう」

言い訳すると、その瞬間高くなった伊藤さんの手の温度も原因のひとつにあると思う。

「本当にごめんね、まさか当たるとは思ってなくて」
「いいんです!先輩は悪くないです!!」

え、俺の額なんだけど。伊藤さんは無視して続けた。

「それより、先輩のスマッシュ格好良かったです!!スマッシュを全部カットするとこも!!」

伊藤さんは目を輝かせて、言う。俺の前では未だ見ぬ憧れの目だ。

「ありがと」

癖なのか、少し傷みの入ったパーマを人差し指でくるっと一回転させて、カットマンは少し照れて笑う。
なんだ、カットマン。伊藤さんやさっきのモデル体型美人に比べたら見劣りする、と思ったけど、笑うと案外可愛い。
額を押さえながら、伊藤さんを見ると頬を赤くして、はみかみ笑いをした。口角がわずかに震えている。自然とにやけてしまう、て顔だ。

「ん、じゃ、気に入ったらこのサークルに入ってね〜。私たちは卓球しか興味無いから卓球の時しか参加しないけど。まぁそれぐらいうちは適当でいいからね」
「はいっ」

その後、ストレートロングの眼鏡美人、山本先輩が一階で活動してたバスケット部から氷袋を借りてくださり、俺の額の痛みはだんだん落ちついた。

この俺の額損傷事件から、伊藤へのアピールはなかなか進まなかった。絶好のフットサルの日は伊藤が用事でおらず(フットサルは楽かった!)、新入生歓迎会も伊藤の隣に行こうとする前に二次会の序盤で先輩方に潰され、食堂へ誘おうにも伊藤は弁当派だった。
でも、日々の講義での接触から伊藤さんから伊藤へと進歩し、休憩時間はたまに話す仲となった。そもそも、伊藤は人気があるので男女問わず、話しかけられる人の多いのだが。

ある日から伊藤は少し変わった。
携帯をよく意識するようになり、講義中口を緩ませたり、たまに遅刻ギリギリで走ってきたり、講義が終わったら、すぐ講義室から出たり。後、色っぽくなった。
節々に男の影がチラつき、俺は耐えられなくなって、告白した。

「伊藤、好きだ!良かったら付き合ってくれないか」

直球に伝える。
恋愛テクニック?そんなものいらない。まず伝えればいい。基本だ。

「ごめん」

伊藤は一瞬驚いだが、即答だった。

「・・・返事はやっ」

落ち込む前にツッコミ精神が入った。ツッコミ反射神経のおかげさまでダメージは緩和されたが、胸が痛い。めげるな、俺。ここでめげたら終わりだ。

「な、なんでか聞いていいか?」
「理由は、ないかも」

完璧な笑顔になにかオーラを感じ取る。いや、待て、天使、伊藤紗季はそんなキャラクターではないはず!!

「好きな人がいたりする?」
「うん」

これも即答だった。容赦なく俺にハートブレイクショットが食らわされる。効いたぜ。
本音は聞きたくないが気になって聞いてみた。

「どんな奴?」
「うーん、格好良い人。」

そう言った伊藤は、初めて見た時のように輝いていて、綺麗で、優しく、やわらかな顔つきになった。ちくしょ、好きだ。このヤロー。女神かよ。

「・・・俺ってそんなダメか?」
「ダメじゃないよ?鈴木君は。ただ」
「ただ?」
「先輩見ると誰でも見劣って見えちゃう」
「遠回しかと見せかけて、ダイレクトな振り方だな、おい」

ってか先輩かよ。

「ごめん、先輩が格好すぎて」

泣きそうだ。その先輩はきっと身長は180cmで賢くて、性格も良くて玉山鉄二に似てる完璧な感じなんだろう。きっとそうだ。
それでも、俺は漢だ。うざがられてもめげずに一途に突き通そう。

「な、好きでいていいか。」
「え?」
「たぶん暫く俺は伊藤のこと好きだ。好きでいることぐらいいいだろ?このまま友達として付き合っていこうぜ」

伊藤は困った顔をしたが、了承してくれた。勿論、俺の心は文字通りズタズタだったが、伊藤が幸せなら良いと思った。

『LINE!』

放課後、伊藤の携帯から気の抜けたメッセージ音が鳴った。

「あ、先輩だ」
「またかよ。仲良いな〜」

「うん、だって、ほぼ同棲してるし(アパート隣同士だし)。」

「・・・え?」
「・・・え?」

俺は1週間寝込んだ。


END

2016年9月20日pixiv掲載

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