田中さん(佐藤伊藤。/創作百合)

「ありえないです!」

大学近くの喫茶店。ここのフレンチトーストが絶品で、かつコーヒー付きでお手頃の値段で食べれるので私と紗季の行きつけのお店の1つとなっている。たまに混んで入れない時もあるが、ピーク時に行かなければ大体すんなり入れるのだ。洋風な雰囲気も小洒落ていて居心地が良く、学生、中でも女子に人気な場所だ。
 授業が早く終わって、紗季に連絡したところ、「友達とカフェ行くのですが、一緒に行きませんか」とLINEが返ってきた。一度は人見知りだから断りの返信したが、例の紗季の「行きましょうよ!」と私に対する押しの強さに負けて行くことにした。

紗季と交際して1ヶ月経った。桜が散り、1年生にかかっている輝かしい充実した未知のキャンパスライフという虚構の魔法が薄れて、すぐに飽きられるだろう、と思ったが、なかなか紗季の私に対する感情は本物らしく、また私もかなり紗季がお気に入りになって、暇さえあれば隣にいる関係となった。前も言ったかもしれないが、二人でいると不思議と話が合って居心地が良いのだ。女は好かれて、その人の事を徐々に好きになることが多い、とたまに聞くが、私もそのタイプらしい、今は紗季とイケメンの男の子が絡んでいると少し嫉妬してしまう。

「涼子ちゃん、落ち着いて。」

紗季の友達というのは田中涼子さん。意志の強い瞳と真面目な態度を崩さない。冒頭の台詞は私に対するコメントだそうだ。
初めは勿論、ただの初対面の会話から始まったのだが、

「へぇー佐藤先輩と紗季って同じアパートで、隣同志なんですか?凄いですねー!」
「そうなのー!だから先輩を起こしに毎日通ってるの~先輩たらなかなか起きなくて、私も遅れそうになるの〜」
「え?」

この紗季の言葉から雲行きが怪しくなり。

「そういえば、紗季、ありがとね、この間、課題提出17時までだったのを急いで取りにいってくれて」
「いいですよーどうせその時暇だったので」
「・・・え」

私達の日常会話にどんどんと彼女の顔が変化していくのがわかった。

「先輩ったら、昨日一緒にご飯食べようって約束したのに忘れてたんですよー!1時間待ったのに」
「ごめん、うとうとしてた時言われたから気づかなかったやー」
「ひどい〜」
「・・・・・・」

留めの一言はこれだった。

『好きなゲームの発売後、1週間食事掃除洗濯一切しなかったら、紗季が全部やってくれた。』

この私の一言で剣道と真面目一筋の田中涼子の逆燐に触れてしまったようだった。

「な、何で先輩みたいな見るからにダメな人に紗季が一緒にいるんですかっ!!」
「えー、ダメと言われてもねぇ」
「紗季がこんなダメな人と付き合うとは!」

その言葉に紗季は申し訳なさそうな顔をする。この子には言ってるのだろう。私と紗季が交際していることを。
本当はセンシティブな事なので簡単には言って欲しくないが、紗季が言うといということはそれなりに信頼しているということなのだろう。怖いのは別れた後だよな、と冷静なもう一人の自分は囁く。

「まぁまぁ、涼子ちゃん、先輩もいいところ沢山あるんですよ~」
「いや、ごめん、紗季。今のところ本、当に、見当たらない。」
「ヒデェ後輩だ」

私のボソッと言ったツッコミに目力の強い彼女の視線が刺さる。同時に紗季も「め!」とでもいうような咎める目線を送ってきた。

ちぇ、味方なしかよ

目線の行き所なく、口を尖らして、アイスコーヒーのストローを弄る。この異様な空気の中、紗季がトイレに行く。魔界だ、とそう思った。

「紗季と本当に付き合ってるんですよね?」

田中さんは右肘をついて、手のひらをシャープな輪郭を包んで言う。勿論、先輩に対する態度ではない。

「そうみたい」
「そうみたいって。他人事みたいに」

軽く鼻で笑われるが、無視してアイスコーヒーをストローで啜る。自分と合わない人の対処法はまず流すこと、つまらないことは無視すること、別のことにピントを合わせることだ。

「紗季の迷惑です!悪影響ですよ、あなたは」
「悪影響?」
「そうですよ!先はこんだけ可愛いでしょう?」
「まぁ、かわいいね」
「ノロケ!むかつく!まぁ、ぶっちゃけ割りに合わない訳ですよ」
「ほう」
「適当!ずぼら!怠け者!そんなあなたと紗季がどうして一緒にいるか謎すぎる!!」
「うわ、言っちゃったー」
「真剣に言ってるんですよ?紗季が遅刻するようになったり、宿題忘れるようになったら、どうしてくれるんですか!?いま、あの紗季が、ギリギリに来るとか高校時代を考えるとありえないんです!!悪影響なんですよ!あなたは!」

小さな言葉の槍が私の胸の奥のなにかに刺さっていく。
もしかして、私は本当に紗季にとって悪影響なのか?そんな小さななにかだった。

「紗季はイケメンで背が高く、頭がよく、完璧な彼氏を持つべきです!」
「・・・なんじゃそりゃ」

「だって、紗季は可愛くて、性格良くて、勉強もできるし、スポーツもできるじゃないですか?完璧じゃないですか」

スポーツもできるのか。知らなかった。

「案外てきとーなところもあるよ」
「それも性格の良さに含まれます!なのに、どうして、・・・佐藤先輩」
「・・・なんか、ごめん」

「謝って住むなら別れてください!!今すぐ!!」

その言葉にイラッとしたが、アイスコーヒーを飲んで怒りの言葉ごと飲み込んで、同時に間を作る。

「うえー、それは断る~」
「軽い!」
「・・・でもさ、」
「は?」
「そんなに完璧かねぇ、あの子」

呟いた私の一言に馬鹿を見るような目で見られたが、ちょうど紗季が帰ってきたのだった。

⭐️

「なんか言われたんですか?涼子ちゃんに」

アパートまでの帰り道、下から紗季に覗き込まれる。口数が減って、受け答えが上手く出来てなかったことで、考え事していたのがばれたのだろう。

「ん、や、別に」
「別れろ、て言われたんですか?」

紗季を下ろすと、大きな無垢な目が突き刺さった。私は思わず目を逸らす。

「や、」
「嘘。」

右手首を掴まれて、強制的に目を合わされる。紗季の目にはさぞ目が泳いでる自分が映っているだろう。

「気にしないでくださいね。涼子ちゃんは心配性だから。私に凄い過保護なんですよ。前、一回遅刻しそうになっただけで心配するんだから」
「・・・でも、それは私を起こしてたからじゃん」

田中さんの私への非難を思い出して、その言葉が荒く出てしまう。言葉が出た瞬間に後悔した。紗季からの視線が痛い。紗季を見ないでいると、掴まれた手首から下にスライドさせて右手を強く、しっかりと握られる。

「別れないですからね」

紗季を見ると、いつも笑顔の紗季が、見たことのない顔をして、私を睨んだ。怒っているような、泣いているような、そんな顔だった。
気づいてた。なぜかわからない、紗季は私に対する執着が凄いのだ。それは、優越感を抱くが、たまに負担にも感じることだった。

「絶対、別れないから」

強い言葉に戦慄を覚える。握られた右手に安心させるように、でも同時に自分に負担にかけない程度に軽く握る。

「でも、私が悪影響になってるのは、自分が、なさけないや」
「そんなことないですよ、それは私が悪いんです」

紗季は完璧なんです!

田中さんの言葉が一巡する。そう、紗季は謙虚で人のせいにせず、人の悪口もめったに言わないし、努力家で、よく出来た子だ。
でも、実は朝が弱かったり、人の話聞いてなかったり、面倒くさいことがあると、すぐ上手く人に頼んだり、軽く済ましたりする。機嫌が悪い時は無表情で口調も棘が入るようになる。後はこう見えて超絶負けず嫌いだ。

「紗季て完璧なの?」

紗季は笑う。

「そんな訳ないって先輩わかってるでしょ〜?」

口を尖らしたのが可愛いと思った。風が吹いた。紗季の髪が靡く。か細い首筋にうなじが覗き出て、そこから紗季の匂いがほのかに鼻孔をくすぐった。軽く周りを見渡して人がいないことを確認して、キスをする。紗季は思わぬキスで驚いたようで「びっくりした〜」と顔を赤くして、呟いた。

「も、こういうとこ、」
「ん?」
「・・・先輩は私の事相当すきなんですね」
「ばれた?」
「バレバレですよ〜」

腕を引っ張られて、今度は紗季から軽いキスが送られた。目を開けると、間近で紗季の笑顔が見えた。

「続きは帰ってからですから」

本当にこの子は私のことわかってる。忠実な犬みたいに扱ってるのではないかと思う。お預けをくらった私はもう一度右手を握り、気づかれない程度に歩を速めた。

「少し、がんばろうかな」
「はい?」
「ちょっと早起きする。紗季が遅れないように」
「あはは、どうしたんですかー?私のこと気にしてるんですかー?」
「いや、怖いからもう田中さんに怒られたくない。」
「 こ ど も で す か 」

END

2016年9月15日 pixiv掲載

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