Headache(バンドリ/さよひな)

脈打つたびに、頭が締め付けられるような痛みが走る。

(あー、しまったなぁ。)

ロキソニン持ってきたかなぁ。これから収録だから、何とか持ちこたえないと。楽屋のソファーにごろりと寝転び、雑誌を顔の上に乗せる。具合が悪い。今は部屋の電気も眩しく、自分の香水でさえも吐き気を催す。そんな絶不調の状態のあたしだけど、職業病かなぁ、ずっと楽しい顔をしてる。よく気がつく千聖ちゃんは「日菜ちゃん、いける?」とだけ聞いてくれた。こういう時、病気だなんだとおもむろに心配されることがあたしが苦手なのを知ってるんだ。千聖ちゃんが今のあたしと同じ状況になっても同じだろう。芸能人やプロになると、簡単に休めない。彩ちゃんの言葉を使うと、『私たちを待ってるファンのために休めないよ!』かな。そう真似してる側から彩ちゃんが近づいてきた。

「あ、日菜ちゃん、紗夜ちゃんと喧嘩したでしょー?今日の紗夜ちゃん、スカート規則1cm違反しただけで取り締まってたよ。怖かったー」
「はっは、彩ちゃんにしては鋭いね」

横に座りながら髪をといてくれる千聖ちゃんにスペースを貰いながら彩ちゃんはもたれる。アイドルは女の子同士でもスキンシップが多い。

「あなたはわかりにくいけど、紗夜ちゃんはわかりやすいのよね。本当に、双子でも喜と楽だけ日菜ちゃんがもらって、怒と哀だけ紗夜ちゃんがもらったのかしら」
「あは、だったら、一緒にいなきゃね」
「うわっ、ポジティブ。流石天才。日菜ちゃん、そろそろ起きなよー?本番もうすぐ始まるよ?」

脇腹をツンツンしようとする彩ちゃんを千聖ちゃんは止めて、適当な嘘をついて諭してくれる。

「彩ちゃん、日菜ちゃん、少し寝不足みたいだからもう少し寝かせておきましょう?」
「もー日菜ちゃんったら、また夜ふかし?」
「ごめんごめん」

幸いにも、手を伸ばした先の自分のポーチにロキソニンが入っていた。2錠飲んで、また横になる。この待ち時間がイライラする。仕事が始まればアドレナリンが出て、痛みを忘れて集中できるのに。
そうは言っても、これも最近は落ち着いた方。おねーちゃんと喋らなかった時は頭痛がなかった日はほぼなかった。元々小さい頃から頭痛持ちだったけど、頭痛というものは心的ストレスが影響受けるらしい。あたしのストレスなんて、オーディションを受けてからとか、アイドルになってからとさ、初ライブ失敗してからとか、皆んな想像するだろうけど、どれも違う。私のストレスは、ほぼおねーちゃんに等しかった。

『ひなちゃんは、何でもできるから、これぐらい大丈夫だよね』
『うん、なんてことないよ』

『ひなちゃん、うちの子がひなちゃんといると落ち込んじゃうの、だからもう家に来ないでくれない、ごめんなさいね』
『うん、おばさん、わかった、なんてことないよ』

『ひなちゃんなんてだいきらいっ!向こう行って!!』
『うん、わかった、大丈夫だよ』

いつの間のか、あたしは寝てしまったみたい。随分昔の夢。あはは、どうしてこんなの見るんだろう、おっかしー。あ、次のこれはおねーちゃんに怒られたやつだ。あたしに皆んなが持つ共感能力が低いことにいち早く気づいた賢いギャルちゃんと仲良くなった中学生の頃。

『ひなさ、なんでもできんじゃん?じゃあさ、あそこの店入ってさ、見つからないでマスカラ5個パクってきてよ』
『あはは!そんなの簡単だよー、何でお金払わないのー?』
『そ、そりゃあ、お金ないからだよ』
『ふーん。わかった、取ってくる、なんてことないよ』

それで、監視カメラの死角でマスカラを取った後、自分の分の目薬を買って、戻った気がする。『なんで目薬買ったんだよ、ウケるー』とそのギャルちゃんに笑われて、私もよくわからないけど笑った。その後、繰り返しやっていたら、おねーちゃんにバレて、凄い怒られた。理由はなんだったかなぁ。分け前としてくれたマスカラやネイル、リップやアイシャドウの量がお小遣いに比べるとおかしなことになったからだったかなぁ。その後はあっさりそういうことを辞めた。勿論、おねーちゃんがそれはしてはいけないと言ったから。

「日菜ちゃん!」

彩ちゃんの声だ。高い声に反応してぐちゃりと空間が歪む。夢の終わりだ。きっと千聖ちゃんが計ってギリギリまで寝かしてくれたのかな。なら、夢から醒めて、すぐに起きなきゃね。私の悩みは大したことないのだ。133億年の歴史ある宇宙規模でいえばさ。きっと、この夢のように起きてたら綺麗にさっぱり忘れるんだ。


  薬が幾らか効いてくれたおかげで、その後の仕事はまずまず、っといったところ。動くとたまに響いてくるから少し動きはセーブした。何なに?アイドルはいつも元気に全力でしろ!!、って?彩ちゃんみたいなこと言っちゃダメだよー。仕事はある程度手を抜かなきゃ。金魚鉢の中の金魚のような私達はストレスで窒息して死んでしまうよ。今は仕事が楽しくて仕方ないけどね!
  労基法で22時には仕事が終わりだったけど、その後メンバーで反省会してマネージャーさんが家まで送ってくれた時は0時を超えていた。家の中の静けさと暗さには慣れていた。そっとドアを開けて、靴を脱いでると、お母さんは帰るのを待ってくれていて(ソファーで寝てたらしい)、お風呂入る?、言ってくれた。

「ご飯は?」
「番組でお弁当でたから大丈夫だよー。ね、おねーちゃんは?」
「紗夜ちゃんはもう寝ているわ」
「そっか。お風呂入るね、お母さんも寝てよ」

 お風呂を入った後二階へ上がって、日菜とプレートの掛かった私の部屋に入り、ギターと荷物を置く。光はまだ眩しくて電気はつけなかった。脈打つ頭痛のせいで眠る気にもなれなくて、手持ち無沙汰な体でミントの香りを焚いて、少しでも頭痛の軽減を図る。いつものことだった。深夜、布団を包まりながら椅子にしゃがんで、カーテンの隙間からじっと耐えながら星を見るのだ。美の星と言われるあの星はひときわ輝いていて目立つ。

——いたい

無意識に、呟く。初め自分の口から出た言葉とは思わなかった。いたい、イタイ、itai、痛い、かな。そういえば、昨日から今日にかけて初めて呟いた気がする。

「日菜?」

ビクッと跳ねて振り返ると、双子のくせに私より背の高いおねーちゃんが眠そうな顔してドアに寄りかかっている。その声は、いつもより甘く、溶けていた。

「おねーちゃん?」
「電気、つけないの?」
「あ、うん、もう寝るからさ」
「そう」

仕事が忙しくて、頭痛で忘れそうになるけど、おねーちゃんとは喧嘩中で、それが頭痛の原因で。今回はおねーちゃんの考えたフレーズとリズムを真似したら、また怒られちゃったんだっけ。昔からおねーちゃんの音は綺麗で一回で覚えてしまうから、極力口ずさまないようにしていたけど思わず出してしまったんだ。謝らなきゃ、謝らなきゃ、と考えると、ズキリと頭痛が走り、口が閉ざされる。その痛みはおねーちゃんの前でも反射的に笑顔を作らせる。次に出る言葉が出なくても、おねーちゃんはずっとそこにいた。手を何度か組み替えているから、何か言いたいことがあるんだろう。じっと待ってるけど、ずっとおねーちゃんは眠そうなままだった。呆れて、言う。

「あはは、おねーちゃん、寝なよ。眠そ」
「日菜」
「はい?」
「ずっと、頭痛、するんでしょ」

ズキリ、頭が軋むように痛む。あぁ、この姉は本当によく気がつく。いちばん気づかれたくない相手なのに。

「おいで」

おねーちゃんは布団にくるまるあたしの手を引いておねーちゃんの部屋へ導く。おねーちゃんの部屋は暖房でポカポカだった。おねーちゃんは布団を捲ってあたしの身体ごと引き摺り込む。

「お、おねーちゃん?」

頭が追いつかず、おねーちゃんを呼ぶと無言で、横から腕を回される。すると、ちょうどおねーちゃんの二の腕が私の枕になってしまった。重くないかな、と頭を少し浮かせると、すぐに逃さないように引き寄せられた。おねーちゃんのシャンプーの匂いに包まれて、頭の痛みが温もりで魔法のように溶けていく。それは皮膚を通り抜けて心まで溶かしていきそうな程に染み込んで、なんだか変な気分になった。心がくすぐられてるような、そんな気分。包んだ腕から手が私の痛む頭に伸びて、優しく撫でていく。

「今日は、ごめんなさい。言いすぎたわ」

撫でた髪を優しく耳にかけてくれた。わずかに耳に触れた指の体温が心地よくて、もっと触って欲しがったけど、口を開くと魔法が解けてしまいそうで、わがままは言わなかった。ごめんなさい。おねーちゃんはもう一度小さく呟くと、額をあたしの肩に押し付ける。

「私はダメな姉ね」
「そんなことないよ、おねーちゃんは」
「日菜は悪くないのに」
「あたしは気にしてないよ」

胸が痛い。あたしはおねーちゃんにそんな言葉を言って欲しくないから頑張って笑っているのに、おねーちゃんは悉くあたしの計画を無駄にする。両手をおねーちゃんの柔らかい頬に当てて、顔を上げさせると、潤んだ目が覗く。困ったように笑うおねーちゃんにあたしはニカッと笑顔を見せる。『大丈夫、大したことないよ』。だけど、おねーちゃんは寂しそうに笑う。

「その顔」
「え?」
「やっぱり。気づいてないのね。あなたがその顔してる時、傷ついてるのよ」

あたしが傷ついてる、だって?ザワザワと胸騒ぎがする。おねーちゃんは私を待たずに言う、「あなたは特に」と。

「痛みに鈍感なのだから気をつけなさい」

おねーちゃんが頭痛を感じるこめかみをゆっくり押さえてくれる。触れた部分は熱を帯びて、凝り固まった記憶を呼び戻す。夢の内容を。

『うん、なんてことないよ』
『大丈夫だよ』
『簡単だよ』

本当に気づかなかった。 じゃあ、今日のあたしの夢はもしかしたら。もしかしたら、あたし自身が知らず痛みを感じていたから記憶の奥に仕舞われたのだろうか。

「痛みに鈍いけど、確かに感じてはいるのよ。ゼロじゃない。あなたを傷つけてる私が言うのはどうなのかと思うけど」

おねーちゃんは、いつから気づいていたんだろう。
おねーちゃんは、いつから心配してくれたんだろう。
あたしは、どれだけおねーちゃんに迷惑をかけてるのだろう。

ぐぁんぐぁんと感情が蟠を巻いて、瞬間、鋭い電気が走ったような激痛が頭に走る。

「——いたい」

おねーちゃんが目を開く。でも、それは一瞬で、直ぐに綺麗な笑顔を見せた。

「あぁ、やっと」
「え?」

安心したようにおねーちゃんがまた私を抱きしめて、続けた。

「痛い、って訴えてくれたわね」

なに、それ。一度痛みを認めて訴えると、涙がぼろぼろと流れて、今まで生理的に泣いてしまう程の痛みをあたしは感じていたことに気づいた。でも、ツラくなかった。大好きなおねーちゃんがいたから。おねーちゃんが髪を撫でて、ずっと痛みを聞いてくれたから。
おねーちゃんの優しさが好きで、おねーちゃんの体温が好きで、おねーちゃんの言葉が好きで、おねーちゃんの声が好きで、おねーちゃんの匂いが好きで。そういうのに溢れていたから。
そう、あたしはいつもそういう綺麗で温かなものを守りたい、大切にしたいと思っていたのだ。はずだったんだ。

「あなた、ほんとうに冷え性ね」

冷えは頭痛の敵よ、とおねーちゃんが手をさすってくれる。末端冷え性だから足も冷たくて、おねーちゃんは足ごと抱いて温めてくれた。

「ふふ、私は、もしかしてあなたを理解するために生まれたのかしら」

冗談ぽく笑うおねーちゃんはまた眠気の波が来たようだ。柔らかな笑みが可愛い。

「千聖ちゃんにさ、あたしとおねーちゃん、喜怒哀楽を共有してるんじゃない、て言われたんだよね。もしかしてお互いそれらを教え合うためなのかな」
「ふふ、白鷺さんは面白いわね」

おねーちゃんは静かに瞼が降りて行く。多分きっと、おねーちゃんは寝ぼけてる。だから、あたしは敢えてこのタイミングで聞いた。顔を見ないように胸に顔を埋めて聞く。ねぇ、おねーちゃん。

「あたし達、双子でよかった?」

自分にとって、怖くて仕方ない質問。これを、おねーちゃんが素直になるタイミングで聞くことは酷く怖いことだった。どくどくと鼓動がバウンドする。でも、おねーちゃんは簡単に言い放ったのだ。

「あたりまえでしょ。」

嬉しさがあり得ないくらい胸に溢れる。おねーちゃんは私のつむじを人差し指でくるくると弄りながら口を開く。

「本で読んだわ。あなたみたいな人、なんて言うか知ってる?」
「え、天才?」

素で言ったものの。額に優しいデコピンが飛ぶ。限界に近いのか、瞼を開けないまま、おねーちゃんが柔らかく笑う。

「 ばかね、ギフテッドというのよ」
「・・・ギフテッド」

授けられたもの、という意味だ。おねーちゃんが指を絡めて手を握る。

「そう。あなたは、私の唯一の、おくりもの」

そう言って、おねーちゃんはこめかみにキスをすると、静かに穏やかな寝息を立てて眠った。あたしはおねーちゃんの優しさにただただ涙を頬に流していた。
不思議だった。おねーちゃんのお陰で痛みは遠く彼方に消えてしまった。おねーちゃんは本当に痛みと、その癒し方を教えてくれたんだ。
それじゃあ、あたしは。あたしはおねーちゃんのために何ができるんだろう。うーん、と考えたけど、あたしの答えは簡単で単純だった。

「あたし、きっとおねーちゃんを笑顔してあげるために、幸せにするために生まれたんだよ」

千聖ちゃんの喜怒哀楽共有説を利用させてもらうと、そうなのかな、と妄想する。おねーちゃんの寝顔を見ながら考えていると、あたしもなんだか気持ちよくなって急に睡魔に襲われた。ああ、今日は疲れたな。怠くてすごく。眠い。頑張ったから、もういいよね?握られた温かい手の体温を感じて、あたしは頬が緩む。

「ありがとう」

いい夢を見てるのか、おねーちゃんも僅かに微笑んで、手をぎゅうと握った。カーテンの隙間からひときわ輝く星があたし達双子を見守っていた。おやすみ、おねーちゃん。

END

2018年2月16日 pixiv掲載

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