ご褒美ください(ヘカテー×局長)

「ただいま、戻りました」

 ヘカテーが派遣先から帰還したのは、午前0時のことだった。本日の任務はスペンサー家の身辺調査だったが、アリエルとの同行となり、まさかの複数のハプニングが勃発し、その年下のコンビクトは事態の火消しに追われた。「お詫びに最後の報告は私がします!」と懇願するアリエルにさりげなく説得して自分がすることになった。
 仮眠を取っているかもしれないため、そっと静かに執務室に入る。部屋は暗かったが机の電気は付いていて、局長は書類を確認していた。

「…あ。お帰り、ヘカテー。遅かったね。大変だった…ようだね?」
「大変、ではありません」
「ふふ、アリエルとだからな」

 コンコンと紙の束を机の上で揃えて、片付ける局長。その様子と部屋の暗さを見るに、仕事は既に終わっていて、自分が帰っているのを待っていた様子だ。

「これ、報告書」
「ありがとう。明日でも良かったのに」
「……局長も。寝てても良かった。寝てたら明日報告しようと思ってたから」
「あなた達が心配だからな」

 局長はそう言いながら報告書を受け取り、一読すると、ヘカテーの蒼い頭を撫でる。

「こんな時間までご苦労様。ゆっくりおやすみ、ヘカテー」
「……はい」

 幼いコンビクトは撫でられるのが気持ちよさそうに目を細める。撫でるのを止めると、また元の無表情に近い顔に戻っていく。しかし、今回は何か言いたいことが残っているのか、右手で左腕の服をギュッと掴んで何かを思索している表情となった。何かを言い淀んでいるような、顔だ。

「どうした?下がっていいぞ?」
「…局長、あの」
「ん?」
「……」

 部屋を出ようとせず俯いて無言になるヘカテーに局長は下から覗き込む。肩を掴み、「どうした?何か言いたいことあるのか?」と優しく問う。その姿に安心して、少女はようやく口を開き、たどたどしく言葉を紡ぐ。

「……今日……頑張ったから…ご褒美、ください」

 その俯いた顔は相変わらず無表情の美少女だが、微かに頬が赤い。ずっと一緒にいる局長だからこそ気づく、彼女のかすかな感情の機微。これは、彼女なりの不器用な甘え方だ(そして、ヘラによる入れ知恵が入っていると予想する)。
 彼女の情報は所々削除されて少ないが、推定10代前半から半ば。ずっと甘えずに生きてきたのだ。こうやって信頼して甘えてきてくれているのなら、全力で応えなければ、と局長は使命感を感じた。

「おいで、ヘカテー」

 膝を叩いて、彼女を呼ぶ。ヘカテーはゆっくりと自分の主の膝に向かい合って座ると、小さな頭を形の良い胸に預けた。局長はその小さな身体を至極大事な存在の様に包み込み、柔らかな髪を撫でる。

「頑張ったね、お疲れ様」
「うん」
「ありがとう」
「うん」

 温もりを求めるようにヘカテーにギュウ…と強く抱きしめられる。MBCC局長に就任した当初は自分に触れれば処分される、不幸なことになる、冷たくしろ、と言っていたが、今は随分慣れた様だ。まるで忠誠心が強い可愛らしい小動物だ。
 
「あ、そうだ」

 そっとヘカテーを身体から離し、机の上の瓶詰めからいちごキャンディを一個取り出す。局長の趣味ではないが、ヘカテーの夢の世界で彼女がいちごキャンディが好きである事を知ってから定期的に購入して執務室に常備するようになったのだ。彼女がじっと手の中のキャンディを見つめている。

「ヘカテー、あーん」

 包み紙を開き、飴玉をつまみ、ヘカテーの口元に持っていく。その小さな口は大きく開き、持つ指ごと口に含む。

「あ、コラ。指食べない!」

 ジュッと指を吸われ、手がゾワリとする。彼女の大きな銀色の目がこちらを突き通すように見つめ、その奥に隠れた何かに背筋が凍る感覚を覚えた。危機感を察知して慌てて手を抜こうとするが、ヘカテーの両手が自分の手を固定して阻まれる。抜けない。冷たいザラリとした舌がまるで飴に対してするように指の形をなぞり、手がふやける位啜ってくる。そして、犬歯で噛む。

「イッ……!!」

 その苦痛の声にハッとして、ヘカテーが慌てて、手と口を離す。

「……ごめんなさい」
「指は飴ではないな……」
「…はい」

 ヘカテーは自分の行動が自分で理解出来ず戸惑っている様子だ。局長は一種の性的興奮を自分に覚えたのでは?、という仮説を立てていたが、ヘカテーも思春期の女の子なのだ、恐らく自分でも気づいていないのだろう。年上の女性に憧れる年頃でもあるし、何も言わず頭を撫で笑って許してあげた。

 無表情ながら、ヘカテーが意気消沈しているのを感じた局長はある提案をする。

「そうだな……罰としてあと一つ仕事を頼めるか」
「うん…局長の命令なら何でもする」

 いつものヘカテーの口癖に苦笑し、局長は仕事内容を伝える。

「傍にいて、一緒に寝てくれ」
「……え」

 聞いた事のない任務にコンビクトは唖然とする。

「ただ、寝るだけだ。頼まれてくれるな?」
「局長は罪人と寝るの?ナイチンゲール副官に怒られるよ?それもかなり」
「うっ……それは怖いが……ヘカテーなら、うん、許してもらえるだろう、恐らく」

 ナイチンゲール副官は規律的で、自分や他人に厳しく、真面目だ。しかも局長を守るためなら何でもする人だ。最悪、この健気なコンビクトが独房行きになる可能性がありうるがそれだけは避けて副官に説得しないといけない。

「……どうなってもいいけど。私は局長の命令に従うだけだから」
「よし決まりだ。ちゃんと歯を磨いて寝よう」

 歯を磨いて、着替えて仮眠室に入りベッドに横たわる。布団の中に入るとヘカテーにも布団を掛けてあげる。

「もし、私の夢見たらごめんなさい」
「ああ、夢か。ヘカテーは見たい夢ないのか?」
「……見たい夢?」
「本で読んだことあるんだが、寝る前に見たい夢を想像すると、その夢が見れたりするんだとか」
「見たい夢は……ない」
「何でもいいんだ。いちご飴を沢山食べれる夢だったり、任務がなくて自由にサボれる夢だったりな。何でもいい」
「……私は」
「ん?」
「私は、局長の傍にいたい」
「それは夢じゃないんじゃないか?今も一緒にいるし」
「……じゃあ、局長と一緒に、外に出たい。任務じゃなくて。錆の川みたいな汚いとこじゃなくて、本当の川や海とか……見てみたい」
「ん、いいね。それで行こう」

 ヘカテーの自分より小さな身体を抱きしめて、瞼を閉じる。枷の影響で常に繋がっている感覚はあるが、皮膚と皮膚を通すとよりその繋がりが強く実感する。それは、とても。

「あたたかい」

 ヘカテーは柔らかく呟き、その口調は眠くなってきたようだ、瞼をそっと閉じた。悪夢も今日は任務で疲れたのか珍しく大人しく静かだ。淡い前髪をかきあげて、その額に口付ける。

「おやすみ、ヘカテー。良い夢を」

 優しくて温かいぬくもりに包まれ、ヘカテーは身を預けて眠った。


END.

2022年12月6日 pixiv掲載

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