スノー・ステップ・ダンシング(局長×ハーメル)

 今年の冬のディスシティは寒気の流れ込みが続き、断続的に雪が降り寒い日々が続くそうだ。仕事の息抜きに外に出て、伸びをしながらぼんやりと雪の降る空を眺める。厚手の防寒コートでそれほど寒くないが、何も覆われていない顔と手は冷え込み、手を擦り合わせながら肩を竦める。
 退廃した街でも積もりゆく雪は綺麗だ。アクティビティとしてコンビクト達を誘って屋上で雪だるまを作ってもいいかもしない。悪態突きつつも何人か付き合ってくれるだろう。
 そのまま軽く体操していると、建物から副官が自分を見つけて、外に出てきた。

「局長、ここにいましたか。外にいるのは珍しいですね」
「ああ、雪が降っているから気になってな」

 小さな雪だるまを植木鉢の縁に作っているのを見て副官はふ、と笑う。

「局長も子供っぽいところあるんですね」
「悪いか。いつも建物の中ばかりだからな」

 部下に笑われて口を尖らせて言い返すが、副官は口元の笑みを隠さなかった。

「いいえ。綺麗ですね、雪」
「……そういえば、何か用があったか」

 会話からは副官が自分を探している様子であったため尋ねる。

「例のS-008の件ですが、先程特例で許可が出ました」
「そうか……!!」
「嬉しそうですね」
「そりゃあ、念願だからな。しかし、よく頭の硬い連中が許したな」
「あなたの努力と執念深さに骨が折れたのでしょうね。後、頼まれてました24日のニューシティのミュージカルのチケットも取っておきましたよ」
「ありがとう。建て替えてくれた分、後で払おう」
「代金は要りませんよ」
「……え?」

 意外な答えが帰ってきて、唖然とする。会計管理も徹底している彼女の口からはあり得ない発言だった。お節介焼きかもしれないですが、と前置きを付け副官は柔らかい表情で続けた。

「私からのクリスマスプレゼントです。メリークリスマス、局長」


✴︎


 特例の許可の内容はS級コンビクト、ハーメルの試験外出、つまり仮釈放の前段階だ。管理局にハーメルの日々の善良さ、集団失踪の罪を問われたとしても数万の数の死瞳をたった1人で抑制していた事実を懸命かつ地道に訴え続けた結果、1日だけ、また枷を持つMBCC局長の監視兼付き添いを条件に異例の許可が出た。彼女の幻覚能力は強過ぎる故の妥当の判断だろう。
 副官に何故彼女にそこまで肩入れするのかを流石に問われた。自分の本音としては、23年間ブラックリングの内部にいた影響で外界の刺激に対してあまりにも乏しく、虚無に生きている様に感じる。そんな彼女にこれから社会生活を営むにおいて妨げになるかもしれいため、一度今の外の世界を触れさせて刺激を与えたかったのだ。そう語ると、「相変わらず、S-008に甘いですね」と彼女に呆れられ、その場で否定すると「……あなただけですよ。自分のことに気づいてないのは」と謎の発言されたのは記憶に新しい。

「ハーメル」
「……局長」

 部屋に入ると、美しいコンビクトはダンスの練習中だった。彼女の元に訪れる時はいつも練習をしている。部屋は贈り物や衣装で物が多いが、最近清掃が入ったからか綺麗に片付いている。局長の姿に気づくとそのダンサーは長く天井に伸ばしていた脚をゆっくりと下ろして、背筋を正した。流石ダンサーと言うべきか、姿勢も美しい。

「FACからあなたに一時外出の許可が出た」
「……私に?」
「そうだ。短期間、私と同伴という条件だが」
「そうですか……?ありがたいことかもしれませんが、外に出ても私には用事がないですし……」
「それなら、副官が24日のミュージカルのチケット2枚取ったらしいが余ったらしくてな、貰ったんだ。折角の外出の機会だ。一緒に行かないか?」

 心の中で副官に謝りながら、頭を掻き嘘を交えて彼女を誘う。局長の誘いにハーメルは長い睫毛を上げ、首を横に傾げて反応する。

「副官が?」
「ああ。プログラムを見たが今有名なダンサーも出るらしい」

 「ダンス」という言葉にハーメルの瞳が反応する。今のダンサーがどういうダンスを踊るのか、かつてのディス1の伝説のダンサーの彼女なら知りたいはずだ。

「それは……見てみたいものですね」

 そう言って彼女は優しく微笑む。こちらの意図を見透かされたような笑みで少しドキリとしたが、局長は平静を繕う。

「行くか?」
「ええ、楽しみです。局長とクリスマスデート、ですね」
「……外出だ」
 
 あくまで自分はMBCC局長。監視目的での同行でありその立場は揺るいではいけないのだ。そう、決して。


✴︎


「行こうか」

 雪がしんしんと降る真冬に薄手のドレスで行こうとするハーメルを慌てて引き止め、彼女の部屋の中にある無限の贈り物の服から暖かそうな厚手の赤色のチェスターコートや黒の手袋など冬物の衣服を掘り出した。そのどれもが華やかな色合いで、自分の様な公務員では中々手を出せない高級ブランド品達であり、これらは皆絶世の舞姫を想い、贈られた物であることがわかる。マフラーを首に巻いてあげると、ハーメルは「局長はノーマンみたいですね」とくすくすと笑った。

 MBCC局外に出ると、まずは彼女は久しい外の光が眩しいようで、緋色の目を細めた。ようやく目が慣れ始めると、コンビクトは外界の一面の雪景色に見とれていた。しかし、じっと見つめていると目が痛んだのか、長い睫毛をパチパチと瞬く。その度にまつ毛の影が白い肌に動いた。

「雪も反射で目が焼けるから気をつけろ。特にあなたみたいな色素薄い目だから。サングラス持ってくるか?」
「いいえ。この目で見たいので。あの……」
「なんだ?」
「踊っては……駄目ですか?」

 外に出て高ぶる気持ちを早速表現したいらしい。ハーメルはじっとしていられない子供の様に局長を見つめる。その表情に心を痛みつつ、先程FACから追加で条件を出された事を伝える。

「……すまない。追加の条件が来てな。能力の発動条件であるダンスはやむを得ない状況以外は禁止とされているんだ」
「そうですか…」

 静かに落ち込む美女に「すまない」と重ねて謝る。

「……いいえ。局長のせいではなく、これは私の能力のせいですから。外に出られるだけでありがたいことですし……」

 流石に心が痛くなり、彼女の顔を見れなくなる。そんな局長を逆に気を遣った彼女が笑顔を作り、腕にその白い腕を絡ませる。

「それに、折角のあなたとのデート……楽しまないと…ですね」

 何度も言うがデートではないつもりだ。しかし、自分を信頼してくれるのは正直に嬉しい。

「……誰にも影響がない無人の場所なら許可も考えるか……」

 そう呟くと、心の中のナイチンゲール副官が「相変わらず彼女に甘すぎます!」と叱咤した。


✴︎

 錆の川を境にシンジケートとニューシティと分断され、その貧富の差は激しい。ニューシティはシンジケートと一転して高層ビルが林立しショービジネスも発展した華やかな正しく幸せの街だ。彼女の故郷はここにあり、ダンスもきっとこの地から始めたはずだ。

 ニューシティ、エリア14。この街でも煌びやかな都会だ。繁華街を縫って歩きながら彼女の反応を横目で見ると、その水色髪のダンサーは既に色彩豊かなネオンの光に目を奪われていた。今のシーズンだと、赤と緑の色が多く使用され、流れる音楽もクリスマスムードだ。

「懐かしいか?」
「……どうでしょう。20年前とは全然違いますが、この賑やかさと華やかさは変わらないですね」

 そうか、と答えて気づく。通りすがりの視線が水色髪の美しい女と組んだ腕に当てられている。本人は視線に慣れているのか気にしていない様だが、こちらとしては気になる。
 しまったな、と局長は思う。赤のコートは流石に目立つか。しかし、ファッション以上に容貌、姿勢とスタイル、仕草から踊らずとしてもオーラを放たれてしまっている。隠すことは難しいかもしれないと感じて、看守は最早諦めた。

 繁華街の中心を分断する様に南北に伸びる目抜き通りまで歩くと、その周囲には約数十の劇場街が広がっていた。一つ一つの建物に煌びやかな大きな看板が掲げて並び、ショーの名前がネオン管で書かれてある。中にはクイーン一族が投資している劇場だってあると聞く。

「ここだ」

 地図を見て、目的地に到着した。ニューシティでも有数の大きな劇場。演目はクリスマスキャロルという昔からあるミュージカルだ。主人公は、下町で商売をしている初老の男性。ケチで、強欲で悪名高い彼は近所の人からも嫌われていた。そんな彼に死んだ共同経営者の亡霊が現れ、「金銭欲に取り付かれた人間がいかに悲惨な運命をたどるか」を教え、3匹の精霊が彼の元に訪れる。その精霊達は彼の「過去」「現在」「未来」の様々な光景を彼の記憶から消したいもの、残酷なものを見せていく。全てを見た後、彼は改心し人に触れ合い、人々に優しくなり、現在を変え、未来を変えていくのだ。

慣れないミュージカルでありながら、笑いもあり、ダンスも見事であり、感動的であった。大きな拍手喝采が起こり幕が降りた後、観客達はそれぞれの感想を言いながらぞろぞろと出口に向かって歩いていく。

「劇、良かったですね。ありがとうございます。お誘い頂いて」
「そうだな」
「あのダンサー、とても素敵でした。楽しそうで、心から舞台が大好きなんですね」
「そうだな、あのダンサーは華やかで良かった」

 かえって舞台恐怖症のトラウマを深くさせるかもしれないと心配となったが、杞憂だったようだ。ハーメルは始終楽しそうだった。

「私もまた、踊りたいです」
「……いつか踊れるさ。とびっきりの舞台でな」

 このデート、もとい外出は遠い未来の釈放の1歩だ。まだコンビクトの悪徳のイメージやブラックリングとコンビクトの関わりが絶てない今では到底無理だろうが、いつか、彼女がMBCCの塀から出られるのなら、最高の舞台を用意してあげたい。そんな夢が密かに自分の中にあった。その言葉に微笑みを深めたハーメルが寒くてコートのポケットに入れていた自分の腕をそっと組んできて、少し心臓を締め付ける。

「これからどうしましょう?」
「お腹すいたな。来る途中、中央広場にクリスマスマーケットしていたし、行く?」
「ええ、行きましょう」

中央広場ではクリスマスマーケットが開催され人々で賑わっていた。中心に大きなクリスマスツリーが飾られ、その周りを囲うように色とりどりのイルミネーションが飾られた木製の小屋が立ち並んでいる。そこにはグリューワインやビール、シュトーレン、ソーセージやビーフシチュー、クリスマスの雑貨等売られていた。

「楽しそうですね」
「まずはマグカップを買って温かい飲むものを買うんだ。おかわりもそこに入れてもらう」

定番のホットワインを頼み、クリスマスツリーが描かれた赤いマグカップに注いでもらう。
湯気が湧いたカップをハーメルに差し出すと、彼女は「ありがとうございます」とゆっくりとした手つきで受け取り、一口飲んだ。

「……温かいです」
「ああ。この時期に合う飲み物だな」
「ええ」

飲み物を持ったまま、売店を見ていく。煌びやかな雑貨屋が目につき、近づくと一面に赤と緑を中心としたクリスマスグッズが広がっていた。クリスマスリース、キャンドルハウス、オーナメント、オルゴール等の雑貨が売られてある。ハーメルはゆっくりと視線を動かし、雑貨の一つ一つを見ていき、ある1点で視線を止めた。
 スノードームの下に時計が付いているスノードームクロック。スノードームの中は数本のクリスマスツリーに囲われた高級そうな二階建ての家があり、その窓から暖色の光が放たれ、屋根の上には空を飛ぶソリに乗ったサンタクロースがプレゼントを持って運んでいる。その庭には女の子と男の子が笑顔でスノーマンを一緒に作っている。幸せそうな光景だ。

「気に入ったのか?」
「……昔、ノーマンと雪だるまを作りました。母は私にダンスの練習以外は極力させてくれませんでした。勿論……遊びも。ダンスの練習は大好きですから、苦ではありませんでしたが」

つつつ、とスノードームクロックの硝子を指でなぞるハーメルを見ながら、局長は続きの言葉を待った。このドーム内の光景に過去の思い出を想起し彼女は懐かしんでいるようだった。

「……今日みたいな雪が降った日でした。ノーマンが突然ダンスの練習中の私を連れ出したんです。家から離れて、一緒に雪だるまを作りました。それがとても楽しくて、今でも覚えてます。その後、激怒した母親に一日中2人で怒られましたけど」
「弟との……いい思い出だったんだな」
「ええ……とても」

彼女の表情には懐かさと哀しさが混じりあっていた。監察記録では彼女と弟は恐らく数年後家出をするはずだ。ハーメルの金銭管理は母親がしていた為、ほぼ一文無しだった当時10代の若い二人は想像以上の苦しい生活をしていたに違いない。その後カーニバルに囚われ、姉弟はブラックリングの内外で離別し、23年の時を超え弟は死去し、彼女は独りになった。そう考えると、その思い出は彼女が家族と過ごす大切で最高の瞬間だったのかもしれない。局長はそのスノードームを持ち、サンタの衣装を着た店員に渡す。

「えっ……局長?あの、大丈夫です……買うなら自分で買いますから」
「ふふ、あなたをそんな顔にさせるということは欲しいのだろう」

 ハーメルは照れながら頷く。

「私からあなたへのプレゼントだ」

レジを済ませると、スノードームクロックを彼女の手に載せる。彼女は少し降り、中の世界に雪を降らせ、2人の笑顔の子供を見て自分の過去に思いを馳せていた。付属してあった電池を入れてあげると、時計が、動き出した。

✴︎


「もうこんな時間か」

他の雑貨を見て周り、ステージの催し物を見て、屋台でビーフシチューとシュトーレンを買いテラスでいつも通りに話をしながら食べた。
 その後ハーメルの実家周辺を見に行ったが、21年以上経過している上、両親は共に失踪しており、そこには空き家があるだけだった。ハーメルはここに最早自分の居場所がないことを既に実感しており、目を伏せただけだった。

「そろそろ帰らないとな」
「……はい」

少し予定より早いが迎えが来るポイントに歩いて向かう。人通りが多い街並みから抜けていき、段々人通りが少ない場所になっていく。その中で2人の足音に合わせるような気配を察知する。MBCC局長という立場と強力な能力故に命を狙われる事が多く、尾行や殺気には敏感になってしまったようだ。こうやって気配を隠しきれていない所を見ると、暗殺者として未熟さを感じた。

「ハーメル」
「ええ……誰かが…追いかけていますね」
「このまま走り切って逃げることも出来るが?」
「いいえ、このくらいなら……大丈夫そうです」
「そうか……じゃあ、ちょうどあそこで待ち受けよう 」
「はい」

先は廃れた公園。局長が公園のブランコに足を組みながら座り、本を読み始める。ハーメルは何をする訳でもなく、彼女の傍でブランコの支え棒に寄りかかりながら静かに立ち、目を閉じる。そうして敢えて無防備な姿を晒していると、追跡者達は姿をついに表した。

「おいおいMBCCの局長さんよぉ、クリスマスにデートか?良い身分だなぁ!!」
「思ったより細っこくて弱そうなやつだな。すぐへし折れそうだ、ヒヒヒっ!!」

いかにも柄が悪そうな3人組の刺客がこちらに近づいてくる。

「あなた達は何者だ?何故私を知っている?」
「局長さん、アンタは裏ではかなりの賞金が賭けられているんだ!ノコノコプライベートでふらついているからよ、チャンスと思ってきたぜ!」
「なるほど。理解した」
「聞きたいことはもうないのか?もう遺言はないのか?」
「素人のお前達に最早聞くことはないな」
「なんだとっ!!」

 その殺気にハーメルはゆっくり目を開ける。

「局長」
「『やむを得ない』からな。私が責任を取ろう。 S-008、S級コンビクト・ハーメル、能力の使用を許可する。あくまで自己防衛であることが条件だ」
「わかりました」

局長はハーメルのコートを後ろから脱がせると、紫色の瀟洒な衣装を纏ったダンサーが現れた。その服は先程まで見えていた衣服とは全く違う。───幻覚のはじまりだった。

「なんだぁ、お前かなりイイ女だなぁ!そんな貧弱なやつ放っておいて、俺たちと遊ぼうぜ!」
「お、おいっ、待て!!さっきの言葉聞かなかっのか!?コンビクトだ!!あいつ、知ってる……!!しかも、さっきS級といったか……」
「はぁ!?なぜそんなコンビクトがニューシティにいるんだ!!」

 ダンサーの脚が長く伸び雪を踏み歩き出し、やがてステップとなり、それがダンスとなる。それとともに幾つかの海月が舞い、幻覚が形成された。死に至る舞、レクイエム。

「うわあああぁあああああっっっ!!」

 刺客達は幻覚を見て、何を見たのか発狂してお互いを撃ち合う。ハーメルは地獄図の中心で華麗なダンスを踊り、交錯する銃弾は彼女の身体をすり抜けていく。白い雪景色に、血飛沫が舞う様に飛び散る。凄惨であるもどこか舞台のワンシーンの様な幻想的な光景。彼女が魔女と呼ばれる所以がそこに証明された。

局長がハーメルが目の前に来た気配を感じて、本から目を上げる。真紅の衣装となったハーメルがそこにいた。

「終わったのか。早かったな」
「ええ。お怪我は?」
「お陰様で大丈夫だ。ハーメル、顔に血がついてる」

 ハーメルの頬に付いている血を指で拭うと、美しいコンビクトは「返り血です」と目を細める。刺客達の様子を見ると、自ら撃ち合った傷に呻き声を上げながら悶えて、まだ幻覚を見ているのかまだ悲鳴を上げている。

「……殺してないよな」
「ええ、少しトラウマを植え付けてしまいましたが、致命傷まで負っていません。少しだけ治癒はしましたけど……」

 血のドレスを着て妖艶な微笑みで言うハーメルにコンビクトとしての成長を感じてしまい、寒気がした。しかし、これもシンジケートを生き抜くにはこれくらいの逞しい精神でないといけないだろう。ドレスはハーメルの能力で誤魔化すしかないと考えながら、ブランコから立ち上がり、赤色になったドレスを隠すようにコートを掛けてあげ、持っていたカイロを渡す。

「帰るか」
「はい」

 はぁ…と息を吐くと、白い蒸気が霧散した。

「今日はすまなかったな。私があなたにさせたいことをさせてしまった様だ。無理していないか」
「いえ……楽しかったですよ?」
「……それは良かった」

 そう言って貰えて嬉しいと同時にいつもと変わらないテンションのハーメルに少し落ち込む。この外出が彼女にとって必ず刺激になると意気込んでいたが、そうではなかったのかもしれない。23年ブラックリングに止まっていた壁は厚い。目が醒めたら、遥か未来に進んだのだから流石にすぐにはいかない。焦りでネガティブになりそうになり、顔を振る。
 いや、諦めるな。ゆっくり、少しづつ、建設的にいこう。まだ時間は沢山ある。そう自分を慰めて、無理やり口角を上げて表情を作り上げる。そんな局長に感受性豊かなカタルシスは何かを感じ取ったらしい。そっと彼女の前に膝まづき、片手を自分の胸に当て、片手を黒髪の女性に手を伸ばした。意図がわからず、看守は狼狽える。

「なんだ?」
「局長、もう一度ダンスの許可をしてくれませんか?」
「?」
「私と……一緒に踊りませんか」

 突然のダンスの誘い。目の前に跪いている綺麗なダンサーは柔らかく微笑み、私の手を掴むのを待っている。
 ここはニューシティ。コンビクト制御装置を備えてあるとはいえ、目的なく彼女の能力発動させるダンスをするのはリスクだ。迷うが、彼女は今、ここで、ダンスを通して伝えたいことがあるらしい。彼女の心が少しでもわかるかもしれない。

(覚悟を決めて、飛び込もう)

 一回や二回は変わらない。始末書の言い訳は後で考えよう。その白い掌に手を重ねる。ハーメルは嬉しそうに微笑み、立ち上がると、局長を引き寄せ、雪の中の公園を舞台に導いていく。ハーメルの服は能力によっていつしかクリスマス仕様の真紅のドレスとなり、髪は綺麗にアップされた。公園が2人きりのパーティ会場に変化する。天才ダンサーにリードして貰いながら、こっそりと休み時間にハーメルに教わったダンスを披露する。ワルツ、タンゴ、クイック、ラテン、そしてよくわからない子供のような一緒に跳ねるだけの無邪気で無茶苦茶なダンス。思いつく限りで、思うままのダンスを繰り出した。ハーメルはどんなに拙いステップでも、完璧に合わせ、リードしてくれた。彼女の言う通り。ダンスでしか、わからないことがある。そして、思う。

(彼女は何を考えているんだろう。いつも何を感じているんだろう。どんなダンスをしたいんだろう。知りたい、知りたい──ハーメルを、知りたい───)


 手を繋ぎ合い、身体を動かしていくと、自分と彼女の境界が曖昧となり段々自分でないものが溶け込んでいく感覚が覚えていく。自分が動いているのに、自分じゃない感覚。自分の心の問いに答えるようにハーメルの感情がなだれ込んでいく、気がした。


すき、すき、すき─────

 楽しい。嬉しい。幸せ。知りたい。愛しい。触れたい。抱きしめたい。独占したい。話したい。もっと見てほしい。感じてほしい。あなたといたらどこにでも行ける。どんなダンスだっていい。もっと踊りたい。自由に踊りたい。あなたと一緒にどこまでもいつまでも踊りたい。

 ハーメルの感情が身体、ダンスを通してなだれ込んでゆく。焦がれる気持ちが火傷するぐらい肌を通して伝導する。

(……そうか、彼女はこんな風に自分を想ってくれていたんだ)

 ダンサーの熱い感情に感動し、力んで踊った局長がうっかり雪に足を滑らせ、ハーメルを巻き込んで2人雪の上に倒れ込む。互い汗で湯気が立つ体が重り合う。目を開けると下には華奢なダンサーのドアップが広がった。どうやら自分が彼女を組み敷いているようだ。彼女の宝石の様な緋色の眼がゆっくりと開き、眼が合う。心臓がバウンドする。

「ふっ!」

 しかし、客観的に子供のように雪だらけな自分達が何故か滑稽に思えて額をくっつけ、無邪気に笑い合う。冬の日なのに、明るくて温かい。一時でも彼女と一緒の世界を見て、彼女の気持ちが理解できてしまった今、自分が変に照れてしまう。そんな自分を見て、彼女は両頬を包みながら微笑む。

「あなたはわたしを無理やり助けてくれたのですから、幸せにする責任があると思いませんか?わたしはもう逃げません。あなたも逃げないでください」

 そう言うと、彼女は私をそっと引き寄せ、キスをする。「あなたは?」とハーメルが薔薇色の瞳で問う。その言葉に心臓が掴まれた心地がした。自分の気持ちが試されている。その言葉は自分の気持ちをまるで見透かしているようだった。

「あなたはわたしのこと、どう思っているのですか?」

 カーニバルの湖に一目見た時から、目が離せなかった。誰よりも優しく綺麗で強く、何十万人の死瞳を抑え犠牲になろうとした彼女を守り絶対に救いたいと思った。ブラックリング崩壊後湖の底からFACに救助された時の心からの歓喜、記憶喪失となり自分の事を覚えていなかった事実を知った時の落胆を今でも覚えている。彼女がどれだけ23年後の現実世界に苦しみ、カーニバルを最期の舞台に優しい死を望もうと、彼女に生きて欲しくて、必死に追いかけ、彼女の負の感情と向き合い、彼女の求めるものを実現させた。彼女を少しでも理解するために休み時間や休日に会いに行き、ダンスの練習して貰った。任務にはS級の最高の回復役であることを言い訳に自分に同行させ、ついには専属刻印を契約させた。上に必死に頭を下げ続けて試験外出許可を取り付けた。ナイチンゲールに頼んでまで中々予約が取れない劇場の予約を取り、ハーメルの気を惹きつけるチケットで誘った。

(馬鹿だ、私は。何故気づかない。ナイチンゲール副長だってとっくに気づいているはずだ。そうか、そうなのだ。初めて出会った時から、私は───)

「ハーメル」
「はい」
「……あなたが、好きだ」
「はい、知ってます」

 目をそっと瞑るハーメルを引き寄せ、唇を深く重ねる。何度も角度を変えて重ね、唇を味わう。彼女を強く抱きしめて、匂いや肉の感触を全身で受け止める。ハーメルは頭を抱えて、髪を撫でてくれた。

「冬なのに、温かいですね」
「そうだな」

 しばらく雪の中抱き合っていると、すぐ近くの集合座標であるビルの屋上が轟音と共に光が照らされる。MBCCからの迎えのヘリが到着していた。

✴︎

「ニューシティは流石に早かったか」

 結果だけ言うと、S-008の試験外出は失敗だった。刺客からの暗殺未遂、局長自らの許可が
があったとはいえ、コンビクトアレルギーのニューシティでのS級コンビクトによる能力発動はどうしても見過ごせない。上からは警告を受け、今、大量の始末書を書かされている。釈放に関しての道のりは一歩下がったと思うが、 S級コンビクトの彼女が能力を制御し1人も死傷者を出さなかった、守るためだけに能力を使った点は評価されている。

 翌日ハーメルの様子を見に行くと、彼女の生活は変わらず、クリスマスイブの外出がなかったように相変わらず誰もいない訓練室でダンスの練習をしている。変化が見られたことは、気に入ったのか、マーケットで買ったスノードームクロックを傍に置いてあったことだ。声をかけずに外に立っていると、ハーメルが局長を見つけ、練習を中断し微笑んで迎えた。

「局長、来てたのですね」
「ああ…相変わらずダンスの練習か。公演はいつだ?」
「あなたのためなら、いつでも構いませんよ。今でも」

 ハーメルはトン、と局長の胸に耳を付けるようにして頭を預ける。監視カメラの死角になっていることを確認した後そんな彼女をぎこちない腕で閉じ込め、髪を撫でる。

「鼓動がまた踊ってる」
「……誰のせいだ」
「ふふ、また外でデートしましょうね、局長。いつか……きっとあなたに最高の舞台をお見せします」

 その言葉に局長は一瞬唖然としたが、すぐにくしゃりと笑う。ハーメルの時間は動いてくれていた。少しずつだが、意識は変わってきている。失った過去でなく、現在や未来に目を向けてくれた。そして、今の自分を感じてくれている。小さなことかもしれない。クリスマスの奇跡と言ってもいいかもしれないの変化だ。

「少しでもいいので、ダンスしませんか?」
「ああ、勿論」
「わたしの気持ちを、感じてください」

 手を重ね、ハーメルに合わせて、ステップを踏む。二人だけの空間が形成され、色とりどりの花が綺麗な庭園が舞台として形成された。白い花びらが舞い、踊る二人に降りかかる。

「わたしは、今、幸せです」
「ハーメル」
「局長……泣いているのですか?」
「……いや」
「そうですか」 
「あっても、嬉しい涙だ」

 ハーメルはダンスを止めてそっと涙を拭う。お互いはきっと長生きしない。今後いずれ来る決戦の日を迎えるまでにもどちらかが死ぬ可能性だってある。しかし、死が訪れるその日までは決して孤独にはさせない。彼女を幸せにしたい。彼女は居場所であろう。局長はそう思った。ハーメルは局長と両手を合わせ握り、額をくっつける。
 
「健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、命がある限りあなたとこうして踊りたい」
「……ずっと踊ろう」

 これは契約だ。ハーメルは局長の側で癒し、守る代わりに局長は彼女と共に生き、居場所となり、孤独にさせない。生が燃え尽きる、その日まで。一緒にいよう。一緒に踊ろう!

 遠くでカリオンの鐘が鳴り、踊る二人を祝福していた。

END


(メリークリスマス!)

2022年12月31日 pixiv掲載

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