ダンスレッスン(局長×ハーメル)

 S級コンビクト・ハーメルを収容してからダンスを始めた。ダンスは彼女の生業とするもので、彼女との円滑なコミュニケーションを図る上で一番の方法な気がしたからだ。その考えはそれなりに当たっていて、MBCC局長とハーメルは良好な関係を保っている。

「ハーメル、いるか?」

部屋を尋ねると、ハーメルはダンスの準備なのか背を反らし、片脚を後ろに上げ爪先を頭に付けていた。客人に気づくと、ダンサーはゆっくり脚を元の位置に降ろし、姿勢を正した。均整の取れた肉付きは見栄えからも美しく局長は感心する。客人が局長だと気づくと、彼女は柔らかな微笑みで迎えた。

「……局長」
「体柔らかいな。私には到底出来ない」
「そんな事ないです……練習すれば、誰だって出来ますよ」
「あなたは忘れているようだが、あなたの1回目のダンスレッスンの時私は医務室に運ばれているからな」
「……そうでしたね」

クスクスと笑うハーメルに局長は肩をすくめる。ラフな運動着姿の局長を見てダンサーは緋色の瞳を輝かせた。

「局長、今日もダンスレッスンしますか?」
「ああ。頼めるか?」
「ええ、勿論」

1回目こそ筋肉痛で運ばれ2週間は動けなくなったが、数回ダンスレッスンを続けていくうちに動きの順序を覚えていった。あらゆる動画を見てダンスを見る目にも慣れていくと、ハーメルの舞いは他の現役のプロダンサーと比較してもいかに卓越した表現力、技術、才能を持ち合わせているのかがより理解出来るようになる。

「ワン、ツー、ここでステップして、伸ばして……」

それ以上き彼女自身のこともダンスを通して段々理解出来るようになったことは大きな成果だ。彼女は会話よりダンスの方が素直で感情豊かでわかりやすい。握った手からダンサーの喜びの感情が伝わってくる。また異能力の影響で、牢屋の味気ない色の風景から色彩豊かな花々が周囲に彩られ、美しい音楽が流れていく。どうやら、彼女はかなり機嫌がいい様子だ。ダンサーの細い腰を引き寄せると、その動きに合わせハーメルがポーズを取りながら後ろに背を反らせる。

「今日は機嫌がいいな、ハーメル」
「あなたには……わかってしまいますね」
「そりゃあ、これだけわかりやすかったらな」

ハーメルの近くに飛ぶ幻想の花を見て苦笑すると、ダンサーも目を細めた。そのまま華奢な身体を抱き止めると、お互いステップを止めた。水色髪の美しい女は局長の掌を合わせるように自分ので重ねる。

「……嬉しいんです」
「嬉しい?何がだ?」
「あなたのダンスが上手くなっていること、あなたがわたしのことを知ろうと努力していること、わたしのことを知っていくこと……全てです」
「上手くなっているか?私はそこまで努力などしていないが……」
「ええ、短期間でとても。あなたはそう言いますが……ダンスからは、あなたが一生懸命……練習しているのを感じます」

実はこっそり自主練習していることを言い当てられて局長は耳まで赤くなる。どうやらダンスは自分のことも教えてしまうようだ。ハーメルは両手を包み込むように握り、相手を感じ取る様に目を伏せる。長い睫毛に影が落ち、その様に局長は見惚れた。

「教えるのは得意ではないですが、上達する姿を見るのは嬉しいです……何より誰かと踊る……あなたと…踊るのが何よりも楽しいです」
「……そうか。それは光栄だ」

嘘偽りのない言葉に局長は少し照れる。ハーメルは目を開けると、自分より背の高い局長を見上げて誘う。

「局長、もう1回踊りませんか?」
「もちろん」

局長が右手を差し伸べ、美しい女がその手をしっかりと握る。リードはまだうまく出来ないがハーメルに導かれながらゆっくりとした足でワルツを踊っていく。踊っていくうちに繋がれた手からまた感情が流れ込んでいく。それは、どこか熱い位に温かくて、優しくて、甘美な───。

「局長、楽しいですか?」
「ああ」
「ふふ……良かった」

軽やかなステップで床を叩いて、2つ分のステップが重なり合いダンスとなっていく。彼女の幸せそうな顔にこちらも釣られて笑顔になる。彼女の言う通り、ダンスでしかわからないことがある。言葉ではなく、伝導していく感情表現。それは言葉以上にダイレクトに感情を揺さぶることだってある。身体が熱くなり、汗を飛び散らし息を切らすも踊るのを止められない。肉体と共に感情も融合し合う感覚が気持ち良い。もっと、踊りたい。もっと、もっと。それはどちらともなく湧き上がる感情だった。幻覚の影響とダンスの魔力に魅了され、2人は数十分長い時間踊り続けた。
元々スタミナのない局長の体力が限界に尽き、息を切らしながらついに足を止める。ハーメルは崩れ落ちる局長を抱き止めた。肌と肌を通してお互いの鼓動が触れ合い、視線が交錯する。自分の情けなさに困った表情を浮かべる局長にダンサーは愛しさに溢れた微笑みを浮かべ、その頬を撫でる。

(───すき)

 焦がれる程の熱量がゆっくり近づき、局長は眼を開く。しかし、それは一瞬で、避ける体力もなくそのまま全て受け止める覚悟を決めた。唇を重ねられ、それが儀式かのように目を閉じる。唇の温かさがなくなり瞼を開くと、澄んだ緋色の瞳がこちらを見通すように自分を映していた。

「見て、聞いて、感じて……ダンスで表現します……あなたは感じられましたか?」

ある意味魔性の女め。言葉を使わないなんて狡い女だ、と局長はくつくつと笑う。

「あなたも大概あざといんだな」
「あざ…とい……とは?」
「……いや、わからないなら、いい」

答えるように灰色髪の女はダンサーを引き寄せる。局長である私に言わせるとはな、と呟き白い頬を手で包み、その厚めの形の良い唇にキスをする。

「ぁっ………」
「ハーメル、────」

頬を微かに赤くしつつ、ぎこちない局長にハーメルは愛しい笑みが溢れる。ハーメルは局長の手を引き、幸福を表現するダンスを一緒に踊ろうとしたが、肝心の局長は最早動けず倒れ込み、また救護室に運ばれて行った。

蛇足。

EMPが執務室を訪れると、局長が電子パッドで熱心に動画を見ていた。

「局長〜〜!!何見てんのー!?」

無遠慮にひょこっと後ろから覗き込むと、見たことがある巨乳の露出が多い水色髪の女性が部屋で踊っている動画を見ているようだ。

「えっ!?局長!!エッチなビデオ撮らせてんの!?」
「わ!EMPか!!そ、そんな訳ないだろう!ダンスだ!」
「ダンスゥ〜〜?」

流石に誤解されたままだとあらぬ噂が立ちそうなので、局長はしぶしぶ動画を金髪のコンビクトに見せる。ハーメルが局長の自主練習のために踊ってもらい、局長が撮影したダンス動画だ。

「おぉー!このお姉さんダンス上手っ!!」
「そりゃあ、プロだからな」

自分のことの様に自慢する局長。一方でEMPはじっと動画を見てあらぬ発想にたどり着く。

「これ、動画投稿サイトにアップしたら再生回数跳ね上がって、広告収入エグくならね?」

その言葉を聞いて、危機管理スイッチが入りコンビクトから素早くパットを奪い返す。

「そんな事する訳ないだろう!!」
「きょくちょ〜!!その動画ちょうだい〜〜!!MBCCは色々お金に困っているんだろ〜!?EMPの発想は天才的だと思うんだけど〜〜!!」
「ダメだ!!」


不貞腐れたEMPによって、度々局長が休憩時間にニヤニヤしながら動画を見ているのは水色髪の美女のえっちなビデオを見ているから、という噂が暫くコンビクト内で流れたとさ。


END.

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