Dancing In the Rain(局長×ハーメル)

雨の湿気が苦手だ。元々軽くしか整えていない髪を掻く。湿り気で髪はさらにうねりが増し、互いに絡み合う。掻く指先でさえ引っかかり微かな苛立ちを感じたのか、執務室で作業の手伝いをしていたハーメルがそっと自分の頬を撫でた。彼女の手は気持ちよく、他人を癒やす能力を持っており、気持ちが和らぐ。

「局長……苛立ってますね…」
「あぁ、すまない。伝わってしまったか?」
「これくらいなら大丈夫です…」

 カタリシスの共感能力は過敏で些細な他人の感情をも伝わってしまうことがある。この程度の感情なら彼女のM値には影響しないだろう。ただ、チリも積もれば、という諺もある。ハーメルが眉を下げて心配している顔を見て、作業する手を止める。自分にとっても、彼女にとってもどこかでガス抜きも必要かもしれない。局長は大きく伸びをする。

「休憩しようか。雨の日は憂鬱になるな」
「今日は……雨なのですね。雨を感じることは外で生きる人の特権なのですから、少し羨ましいです……わたしは、雨が好きですから」

 そう言われて、ハッとする。牢屋の中に住まうコンビクト達にとっては任務で外に出る以外は天候を感じる生活をしてない筈だ。カタリシスでダンサーである彼女は外界の全ての自然をも身体で表現したい欲望があるのだろう。彼女は雨でさえ表現すべきものとして好きなのだ。

「すまない」
「いいえ?」
 
 涼しげに目を伏せているハーメルを見て、局長はあることを思いつく。

「外出るか?ハーメル」

 すると、元々大きめの目をはっと開き、数回ゆっくりと瞬きした。

「いいの……ですか?」

 幻影のくらげが踊り出すのを見て、局長は苦笑して頷いた。


☔︎☔︎☔︎


 直ぐに局長権限でハーメルの外出許可を書いて、MBCC周辺を一緒に散歩することにした。伝説のダンサーと謳われる者の無数の贈り物の一つである白色の傘を差し、ハーメルは鼻歌を密かに歌っている。局長は体格に合わせてシックな黒色の大きめの傘を差し、並んで歩く。雨の日を歩くのは足元も濡れるし、普段は憚れることだ。しかし、隣で歩く美女がご機嫌なところを見て、こちらも楽しくなる。

「局長、踊っていいですか?」
「ここでか?いいが……濡れるだろう」
「構いません」

 雨が降っていて、舗装されたコンクリートは濡れている。ここで踊るのは服が汚れるだろう。とてもダンスに適している環境とは思えない。しかし、彼女はたった一人の観客にお辞儀をして微笑むと、ステップを踏み始めた。傘を差したまま、足だけで軽やかに地面を叩いていく。タップダンスだ。床の音の代わりに水音が響く。ダンスはダンサーの能力の発動条件となり、閑散とした空き地が煌びやかな舞台に生まれ変わり、くらげが回るたびに音楽が湧き上がってくる。

singing in the rain〜♪

 昔ながらの馴染みがある曲が脳内に流れてくる。その曲に合わせて、水色髪の美女が時に両足を交差させ、時に片足ずつ跳ね上げ、時に歩きながら足底で細かいステップを踏んでいく。その表情は雨なのに、幸せそうで楽しそうだ。
ダンスは徐々に熱を帯び、ダンサーは傘を宙に捨てた。両手を振り付けつま先立ちで回転し、自分の編み出した創作ダンスを踊り出す。雨を弾かせながら疲れ知らずの子どもの様にハーメルはダンスを披露する。彼女の周りは雨でさえもスポットライトに当たっているかのようにキラキラと反射しながら光り輝いている。見事なダンスに局長は開いた口がしばらく閉じずに見惚れた。 15分程度見ただろうか、まだ見ていたい気持ちはあったが、流石にこの冷たい雨の中、びしょ濡れのまま長時間ダンスをさせるのは流石に風邪が引かないか局長は心配になった。

「そろそろ風邪引くぞ」

 そっと黒の傘をダンサーに向けて差し出す。すると、テンションが上がったハーメルが軽やかなほぼスキップの様なステップで近づき、傘の中、しかも局長のコートの中に飛び込む様に抱きついた。

「ちょ、ハーメル濡れるって…」

 ハーメルがコートの中にスッポリ埋まり、反射的にこちらも暖めるように包み込む。雨降りの日に地面から漂うペトリコールの良い匂いが彼女から漂う。濡れた青空色の後ろ髪を撫でると、胸元で自分の鼓動を聞いている美女が気持ちよさそうに微笑んだ。濡れた彼女は妙に艶めかしく落ち着かない。長い睫毛に落ちた雫でさえも綺麗に見え、こくり、と喉を鳴らす。ハーメルはその音を合図にゆっくり瞼を上げる。灰色髪をまっすぐに見上げ、両手でその頬を包む。

「ほら。雨も、悪くないでしょう?」

 そう笑って、雨好きの女は背伸びして口付ける。雨の味が生暖かく広がっていく。その瞬間、不思議と徐々に濡れた身体が乾いていき、雨でさえももしかして幻想だったのかというかと思う位だった。開いた緋色の目に自分だけが映る。

「そうだな。雨も悪くない」

 彼女となら。遠くから通行人が来る気配がして黒色の傘で隠しながら、局長は屈んでキスをした。


END.

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