ジェリー・ジェリーフィッシュ(局長×ハーメル)

 今日のハーメルは機嫌が良い様子だ。最近の彼女の機嫌は他の誰よりもわかりやすい。彼女の極楽幻相の能力は機嫌をも表現してしまうようで、今このダンサーの周囲に幾つもご機嫌な海月が朗らかに踊っている。しまいには普段はこちらから話しかけて会話が始まることが多いが、今日は珍しく、ハーメルの方から話しかけてきた。

「局長」

ニコニコと機嫌の良さからか頬を少し高揚させ、気持ちソワソワしている白い美女に釣られて、こちらも頬を緩ませる。

「どうした?機嫌良さそうだな」
「初給料を……貰いました」
「そうか、良かったな!」

彼女は最近バイトを始めた。初バイトの時は一人でバイト先に行けるかハラハラしながら見守っていたが、彼女の人を惹きつけ過ぎてしまう魅力に一目見ようと見物人が職場に殺到し物品破損が激しい状態でトラブルはあったものの、現在でも雇用してもらっている。ハーメルがダンス以外にバイトをするのは今でも違和感あるが、社員さん達に良くして貰っているようで、それなりにやりがいがあることが彼女の表情から読み取れた。

「何に使うか決めたのか?ダンスシューズ?ドレス?」
「ええ……決めています」
「何か聞いても良いか?」

 そう質問すると、緋色の双眸に局長を映し出す。

「局長に使いたいです」
「私に?」
「はい」
「いや、私はいい。折角あなたが一生懸命働いたんだ。自分のために使ってくれ」
「いえ、わたしは決めています。局長」

 珍しく頑固な態度に局長はたじろぐ。ダンサーは局長の袖をそっと掴んで頭を傾けて柔らかく微笑み、柔らかな唇を開かせる。

「わたしと、デートして奢らせてください」

 ニューシティの水族館は予想以上に広く、そこは聞くと最大規模の水族館らしい。広い水槽に魚達が悠然と泳いでいる。

「あ、局長。魚が…..います…」
「凄い。色が綺麗だな」

 水槽の中のカラフルな熱帯魚にいつも静かなハーメルも楽しんでいるようだ。迷子にならない様に手を繋ぎ、館内エリアをひとつひとつ見てまわっていく。パンフレットを見ながら歩くと、クラゲのエリアを発見した。クラゲはハーメルの能力に付随している生物で、ハーメルと縁がありそうだ。ハーメルも少しでも興味を持ってくれるかもしれない。

「ハーメル、クラゲ見に行こう」
「はい」

 ハーメルの顔は機嫌が良さそうで、今日は特に柔らかな顔を見せており、局長は少し安心していた。部屋は暗く、大きな水槽にライトアップされた1m位の白色のクラゲが水中に漂っている。アトランティックベイネットルだ。輝く様にライトで照らされながらレースの様に口腕を翻し、幽玄に舞うその姿を見て、局長は綺麗だと思った。そう、まるで。

「ハーメルのようだ」

 白く幽玄に漂いながら舞うシーネットルに見惚れていると重なる様にハーメルが視界に入る。

「クラゲ……好きなんですか?」
「ああ。貴方に似てる」
「わたしが前にいるのに見惚れるのですか?」

 緋色の瞳に訴えられて、「うっ」と言葉に詰まる局長に純白の美女は微笑みながら手をゆっくり引く。クラゲの水槽から引き剥がし、局長の視線を全て奪いたいようだ。それは小さなハーメルの嫉妬心だ。ハーメルは灰色髪の両頬をその白い掌で包み、自分だけを映す。

「わたしから目を離さないで下さいね?局長」

 参った、と局長は思う。この先に見て回る水族館で、きっと隣の美女以上に目を惹くものはないだろう。それもいいだろう。
 今日は彼女の奢りなのだから。


END

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