スモーキン・イン・ザ・プラネット(kafhime/カフ姫/R-18)

予想外で波瀾万丈な冒険が多い姫子だったが、その星の開拓は珍しく平和だった。発生した星核がまだ未熟であった影響か姫子達ナナシビトの手によって早期に封印され、航路が速やかに元に戻り、2週間の滞在予定が3日で事なきを得た。予定を早めて旅立つこともできたが、この星は一年通して温暖な気候で湿度も低く、「常夏の惑星」と言われる星。
 日々ハプニングで多忙なナナシビトの絶好のバカンス場所として、予定通り2週間滞在することとなった。
 海に行く!と騒いでいた仲間(主になのか)を送り出し、いつも通り列車の修理に励んでいた姫子だったが、パムに「折角のバカンスじゃぞ!!姫子も楽しめ!」と背中を蹴られ列車から追い出され、お言葉に甘えて普段列車のメンテナンス業務に追われる列車のナビゲーターもひとときのバカンスを楽しむことにした。
 いつもより丁寧なメイクをし繁華街を出てウィンドウショッピングをする。特に買いたいものはなかったが、その星の特徴的なハイブランドや服、装飾品を見るのは好きで街を見て歩いていく。一通り街を散歩し楽しみ終え、時間を持て余した姫子は一服することにした。普段はパムやヴェルト、何より若者達に受動喫煙させて健康を害させるのは嫌で列車内では吸わないが、開拓先の星で休憩するタイミングで深い思考にふけながら気晴らしに吸うことが多い。
 ビジネス街の一角の喫煙所に入り、細長い煙草を一本取り出し咥え、金色のライターを取り出す。風に吹かれない様に左手で囲いをつくり、カチッカチッとライターに親指を滑らすが、火が点かない。何回か繰り返すが点かず、ため息を吐く。周りを見渡すと、喫煙所の隅に紫髪の女性が携帯を見ながら静かに喫煙している。これ見逃しに、彼女に近づき、声を掛ける。

「ねぇ」

 彼女はゆっくり振り返る。その顔を見て、姫子はほぅ、と息を呑む。白い肌に、シャープな輪郭、特にその深みのある色彩のパープルの瞳に吸い込まれそうになる。顔が整っているだけではなく、スタイルも良く、上背も姫子位にはある。それ以上にオーラが只者のそれではなく、強いカリスマ性を感じ取れた。姫子の姿を上から下まで視線を辿ると、真意のわからない微笑みを作り首を傾けながら形の良い口が開く。

「何か?」
「火を貸してもらえないかしら。ライター切らしちゃって」
「どうぞ」

 どこから取り出したのか手品師の様に瞬時に手からzippoライターが出現し、手首のスナップ一振りで蓋を開け火を点く。ライターには蜘蛛ようなエンブレムが模様してあった。

「ありがとう」

 赤い長い髪を耳に掛けながら、火を付けている彼女の手まで屈み煙草の先に火を灯し、息を吸う。強い視線を感じて上目遣いで視線を上げると、紫髪の美女が目を細めて姫子を観察している。彼女の視線はゆっくり下がり、姫子の屈んだ時に覗かせた谷間をあからさまに映していた。

(……あぁ、これは)

火を貰った姫子は美女から離れ、肺に煙を入れ、貴重な煙の一口目を堪能する。久々の煙草の味は身に染みて美味しい。味を堪能している間も紫髪の女からの粘着的な視線は継続した。姫子はその美貌からその種の視線を何度も経験していた。

(狙われてる、わね)

 ふぅ、と口を窄め、煙を上に吐きだしていく。紫髪の美女はライターをしまい、壁にもたれながら姫子の喫煙姿に目を細め声を掛ける。

「お姉さん、ここの人ではないわね?観光?」
「そんなところね。あんたは?」
「仕事ね。探し物を探してて。でもここにはなかった事がわかっているから、こうやってサボっている。そんなところよ。明日発つわ」
「何それ」
「そのままの意味よ」

 ふふと紫髪の女は肩を竦めて笑い、煙草に口づけながら、携帯でメッセージを素早く打っている。仕事なら邪魔しない方がいいわね、と姫子が空気を読んでお礼を言い立ち去ろうとするが、彼女によって会話が続けられた。

「綺麗で煙草吸わなさそうなのに吸うのね」

 口説こうとしている?と姫子が振り返るが、その瞳からやはり真意は読み取れない。しかし、彼女がいつの間にか携帯を仕舞っており、姫子と向き合っていると言う時点で明らかだった。参ったわ、と姫子は正直思う。

(顔が、タイプなのよね)

「普段は人がいて吸えないから、吸うのは久々ね」
「子持ち?」
「……そんなところよ」
「ふぅん」

今はただのバカンスの為の滞在だ。喫煙所で出会った相手に詳細に自分ことを晒さなくてもいいだろう。適当な嘘の設定の自分を想像させる。あの子達は自分の年齢からしたら大き過ぎる子どもとなるが、細かい設定はどうでもいい。

「じゃあ、イケメンか可愛い子ね」
「まぁ確かに、そうね」

なのかと丹恒を思い浮かべ、そう答える。

「相手は?」
「いないわ」
「それは大変ね。つらくない?」
「大丈夫よ、今は…今日はおじさんのところに預けているから。今日はやることなくて時間を持て余してるの」

ヴェルトを一瞬思い浮かべたが流石にそれは止めておいた。断る理由に十分なるが、後でバレたら少しめんどくさいのでぼかしておく。

「ねぇ、もし時間あるなら飲みに行かない?さっき仲間との予定がキャンセルになってしまって。勿論君が良ければ、のお話だけど」

(ああ、だから携帯に連絡していたのね。)

紫髪の美女の誘いに姫子は少し考えを巡らせる。今列車に戻ってもまだ列車に降りてから時間が経っておらず、パムに呆れられるのが目に見えている。自分は普段あまりない休暇で時間を持て余している状況だ。それに。

「いいわよ」

それに、この顔はタイプだ。南国の陽気な空気にも流され、誘いに乗ることにした。相手も自分の容姿が良い事を把握しているらしい。この答えが想定されていたかのように笑顔を作った。

「よかったわ。じゃあ、早速行きましょう」

煙草の吸殻をゴミ箱に捨てて、香水を掛けて匂いを消し、紫髪の女は自分の手を掴み、引く。

「あっ」
「駄目だった?」

少し悲しそうな顔を作る女に母性本能を擽られる。演技なのかもしれないが、「嫌じゃないわ、久々で驚いただけ」と姫子は慌てて答え、「よかった」と屈託のない笑みを見せられる。化粧で誤魔化しているが、よく見ると顔立ちは幼く、もしかしたら自分より年下なのかもしれない。

「行きましょう」

女に手を強く引かれ、異国の繁華街にまた飲み込まれた。


彼女の肌は冷たく、それがこの星の暖かい空気には心地良く、抱きしめるだけでも気持ち良かった。胸を執拗に吸い付く端正な顔を見て、母性本能がくすぐられると共に、煙草は哺乳類の本能である「乳を吸う」行為を置き換えただけの幼児退行の現れというのを雑誌で読んだのを思い出した。フロイトの発達段階理論で1歳半くらいまでのミルクを飲む時期を口唇期といい、口唇での欲求が十分満たされなかったり、十分以上に満たされて成長すると、この段階の欲求に異常にこだわるようになるという。その理論通りなら、目の前の女は幼児期満たされない思いをしたのだろうかと妄想する。
バーでお酒を飲みながら話をして、見た目より感じが良く、話が上手な彼女に連れられたのは高級ホテルのスイートだった。彼女曰く、仕事で1発大金を稼いだだけという。

頭を腕を回し抱えて、紫の髪を優しく梳いてあげる。そうすると目を伏せて自分の胸を堪能していた女が目を開けて、紫の綺麗な瞳と目が合う。

「気持ち良くない?」
「いいえ、充分気持ちいいわ。胸、好きなのね」
「よかった。胸?意識したことないわ。だけど、君の胸は好きよ。今までになく心地いい」

赤ん坊のように右胸を柔らかくしゃぶりつかれ、感覚が背中からせりあがってくる。頭を抱きしめながら吐息を漏らすと、紫髪の女は満足気だ。仕事が忙しいストレスの反動なのか、彼女は姫子に対して甘えん坊でその度に姫子は母性を擽られ結局今までの行為を許してしまっている。身体の相性はかなり良く、彼女は指先が器用で、姫子も彼女の手によって何度もだらしない顔を晒した。それは彼女も同じこと思ったようで、お互い求め合う行為がエスカレートして汗を含め様々な体液が混じり合った。
行為が終わり、姫子はだるい体を起こす。髪をかきあげながら、ベットサイドテーブルに置いてあった煙草を咥え、ライターを持つが切らしている事に気づく。

「はぁ。ねぇ、ごめんなさい」

髪をくしゃくしゃにして隣で煙草を点けている女に声を掛ける。姫子のうっかりを一部始終見ていた女は笑いながら「ん」と火のついた煙草の先に指を指す。これで火をつけて、という意味だろう。姫子は手と膝をベッドについて近づき、紫髪の女の煙草の先に自分のを付ける。赤と紫の視線が交錯する。姫子の煙草に火が点き離れようとするが、女に手で絡められ、片手で煙草を奪われ、キスされる。目を開く姫子に紫髪の女は口角を上げる。


「美味しいわ」
「びっくりしたじゃない!」

姫子は不満を言いながら煙草を返してもらいながら煙を吸う。

(本当に、こいつ。顔がいいわね)

 少しばかり、彼女の突然の行為に胸が高鳴っていたが気付かないふりをした。

⭐︎


「ねぇ、連絡先と名前教えてくれないの?」

姫子がシャワーを浴び終えた頃に身支度を整えていた彼女にそう言われたが、「明日ここを発つんでしょう?縁が合ったら、そこで会いましょう」と言ってやんわり断った。
宇宙は広い。そうそう一回会った者が再び会える確率は限りなく低い。奇跡と呼べる天文学的確率だろう。この得体の知れないお金持ちの怪しい美女との縁を続けるのはかなりリフキーだと姫子は踏んだのだ。振られた事に対して、女は態度を特に変えなかった。

「ふふ、そうね。君を口説き落とす為に仲間の予定断ったのに、残念」
「それは、残念ね。そもそも私に遠距離恋愛は無理よ」
「そっか、じゃあ、運命に期待しようかしら」
「そうね、じゃあね」
「じゃあ、また。───」

別れは出会いと同様呆気なかった。最後に名前を呼ばれた気がしたが、恐らく聞き間違いだろう。綺麗で自分の好みな容姿の美女に出会い、自分でも結構はしゃいでいたのは気づいていた。しかも、この南国の空気が自分の貞操観念も緩めてしまった要因だろう。
少し名残惜しさはあったが、その人間交差点的な要素もバカンスと旅の醍醐味だ。

「姫子ー!!おかえりー!!」

列車に戻ると、少し赤く焼けたなのかが迎えてくれた。

「あれ、姫子。香水とシャンプー違う?」

なのかの鋭い指摘にギクリとする。姫子のお気に入りの香水はCHANELの№5だ。いつもは喫煙後自分の香水かけるが、今日は紫髪の女に掛けられてしまった。これは恐らくTOMFORDのOUD WOOD(ウード・ウッド)だろう。

「ショッピング中色んな香水試したのよ」
「ふーん?姫子もバカンス楽しんでるね!今度は一緒にプール行こうよ、姫子!」
「ええ、いいわよ」

いつもの日常に戻り、姫子は一安心したが、自分の背中に赤い痕が付いてあることにプールに入るまで気づかなかった。


END.

2023/8/12 pixiv投稿

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA