執念の対象(kafhime/カフ姫/キラーカフカ×サバイバー姫子パロ)

※カフカさんがロシアの民謡の鼻歌歌っていたので、某ゲームのキラーを彷彿して、殺人鬼カフカ×執念の対象姫子を書きました。姫子が漏らすので注意。

 殺人鬼の口癖とも言える鼻唄は数年前と変わらなかった。以前監禁されていた時には日常的に聞いていたロシアの民謡。その綺麗な鼻唄と声に含有する底知れぬ恐ろしさに姫子は脚が完全にすくんでしまう。紫髪の女が近づけば近づくほど身体は硬直し、口がからからに渇き、手と背中に冷や汗が流れていく。口を開き、声を作り出そうにも、唇も舌も喉も上手く動かない。身体の1パーツ1パーツさえ、彼女に全て支配されている感覚がした。自分は狩られる者なのだという身に沁みて実感してしまう。
――――昔と、同じように。

「……ぁ」

 ようやく絞り出した姫子の霞んだ声に美しくも恐ろしい女は笑みを深め、ひどく愛しそうな表情を浮かべる。

「姫子。あの日以来ね。君が突然私の元から去ってから、ずっと再会を待ち侘びていたわ」

 その言葉に赤髪の女は心臓が強くバウンドして、心の奥底で封印されていたこの殺人鬼に監禁された様々な記憶が脳内に溢れる程フラッシュバックする。
 姫子は5年前に目の前の殺人鬼に家族を惨殺され、敢えて姫子だけ生き残され、1年間監禁されていた。運良く殺人鬼の不在中に警察の捜索によって発見、救助され、姫子は元の現実世界に戻ることができた。
 ストックホルム症候群。それは監禁などにより拘束されている被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって、加害者に好意や信頼、中でも愛情感情まで抱くようになる現象だ。まさしく、姫子は過去、監禁中に殺人鬼であるカフカに愛情と崇拝を示したことがあった。彼女に従属し、奉仕し、喜んで身体を目の前の存在に捧げた歴がある。救助の際も救いの手を伸ばす警察に抵抗した程だ。
 しかし、救助後は定期的なカウンセリングを受け、徐々にその洗脳は解け、カフカの存在は今やトラウマと恐怖の対象でしかない。

「いやっ、いやぁっ!!」

 感情が一気に雪崩れ込んでいく思い出の数々に追いついていかない。体を震わしながら頭を抱えて、しゃがみ込む姫子にカフカはゆっくり近づいていく。

「いやよ!!こ、来ないで!!」
「昔は素直だったのに。自分からキスだってしてたわ」
「あれはあんたの洗脳よ!間違った感情よ!!仕方なかったのっ。あの時は必死だったから」

 姫子は後退りながらも、上手く身体が動かず、すぐに殺人鬼に追い付かれる。上から注がれるカフカの瞳が姫子の目を捕らえた瞬間、姫子の下半身からアンモニアの臭いが微かに放たれる。カフカは久々に飼い主と再会して粗相を犯す犬を彷彿してくつくつと笑う。

「素敵。姫子もそんなに私に会いたかったのね?」
「ち、違う!!見ないで……」
「姫子、これ覚えてる?」
「!?」

 カフカは使い古された赤色の首輪を取り出して見せびらかす。明らかに大型犬用のそれに姫子は一気に青ざめ、「やめて、見せないで!何でまだ持ってるのよ……」と拒否的な態度を示す。
 殺人鬼は幼女の様に泣きじゃくる姫子の前にしゃがみ、目線を合わせ、人差し指と中指を姫子の口元に差し出して優しく言う。

「姫子」
「…いや」

 それは身に付けられた習慣だった。殺人鬼の人差し指が唇に当たると、自然と姫子は唇を開かせ、その長い指に吸い付いていく。舌で丁寧に舐めて強請るように唾液で濡らしていく。心とは相反する身体の反射的な行動に苦しみながら口から離し、カフカに懇願する。

「お願い、カフカ。許して……」
「君の粗相を?それは別に怒ってなんかないわ」

 カフカはコートを脱ぎ、濡れたドレスを隠すように姫子の膝にかけてあげる。

「違うっ……私を…私を自由にさせてほしいの」
「あら。それはありえないわね」

 カフカの琴線に触れたのか、冷酷な声色となり、一気に増幅した殺意と怒りを含んだ圧に姫子は圧倒され萎縮する。殺人鬼は鮮紅色のナイフを取り出し、姫子の細い首筋を撫で、喉に当てがう。姫子は極度な緊張に吐息が上がり、口の奥の歯がカタカタと震えた。

「姫子、聞いて:私がこれを巻きやすいように顔を上げて」

 赤髪の女は抵抗するが、身体が勝手に動き、首を晒す。殺人鬼は鼻唄の続きを歌いながら、以前同じ様に付けられた所有の証である赤の首輪を巻き付け、満足して指で首輪のネームプレートをなぞる。

「君は私の所有物。君のいない日々は、とても…寂しかったわ。何をしていても酷くつまらなくて、虚無に満ちた日々だった。今度は逃したくないの」

 カフカの薄紅色の瞳が珍しく過去の悲しみと寂しさで感情を顕にする。紫の殺人鬼に身体を包まれ、唇が合わさり、自分への異常で過剰な執着心と支配欲に姫子は恐怖を覚えた。しかし同時に。
 そのかつては親しんでいた血の匂いを含んだ生温かい身体に安心感と従属欲を満たされる。彼女だけでなく、自分も彼女の不在に寂しさを感じてしまっていたのかもしれない。この感情は洗脳なのか判別が付かず、混乱したまま姫子はかつてのうつろな笑顔で自分の支配主に微笑んだ。

END.

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