アイスコーヒーはラテにして(kafhime/カフ姫)

「こんな時に冷房が壊れるなんて…」

 全ては姫子のその一言に集約された。
 ある炎天下の砂漠地帯に上陸した星穹列車。姫子とパムを残す乗客員はその地の開拓を進めてるために列車を出て、数日経過したところだ。列車を包む熱気に耐えられず一日中冷房を入れて快適に過ごしていたが、当然奇怪な音を立てて動かなくなり、故障した。絶望する姫子とパムであったが、あまりにも列車内の温度が上昇し、団扇と即席で姫子が作った扇風機では耐えられずに姫子はクーラーの素材を買いに出かけた。戻ってきた時は姫子のドレスは汗だくで絞れるほどに濡れて白い肌は少し赤くなっていた。基本的に開拓者は気候の変化に強い体質はあるが、今回はどう言う訳か適応しなかった。

「……今からが、本番なのよね」
「が、頑張るんじゃっ、姫子!ワシらの命のために!!」
「わ、わかっているわ。その前にシャワー浴びさせて」

 パムに応援されるものの、流石にこの汗まみれのドレスではやる気が出ない。一旦シャワーに浴びることにした。
 いつもより温度を下げたシャワーは気持ちいい。身体中の汗を流し、髪も洗い、気分と共に浄化される。

「ふぅ、スッキリしたわ」

 バスタオルで体を巻き、長い髪を上で纏めて、風呂場から出て姫子の部屋に戻る。

「あら、おかえり」

 部屋には優雅に姫子の椅子に脚を組んで、本を読んでいる紫髪の女がいて、姫子は一気に脱力感に苛まされ、膝と手を床につく。その姿に「どうしたの?具合悪い?」と呑気に言う[[rb:不法侵入者 > 星核ハンター]]。

「何で!!あんたがっ!!いるのっ!?」

 力を振り絞って素早く立ち上がり、紫髪の女・カフカの肩を掴み問いただす。女は一ミクロンも焦りを見せず、そっと両肩の姫子の手を掴み、その端正な顔で微笑んで答える。

「そりゃあ、姫子に会いに来たのよ」
「からかいに来たの間違いかしら」
「ふふ。お陰で良いものが見れたわ」

 カフカの視線は目の前のバスタオルで包まれ、覗かせている深い谷間に注がれる。「ふむ」と顎に手を当て、前に屈み、お偉い評論家の様に胸を査定しようとする。

「あんたねぇ!」

 片手でバスタオルを上げて谷間を隠し、もう一方でそのふざけた女の頭を叩こうとするが、ヒラリと躱される。

「あら、怖い」

 いつもなら追撃を繰り出す姫子だったが、暑すぎて体力の消耗が激しく、一振りだけで息が乱れ、身体が悲鳴を上げる。

「……はぁ。あんたのせいで貴重な体力が奪われたわ。お願いだがら、今日は大人しく帰って。これから大事な任務があるんだから」
「ああ、冷房を直すのね」
「何であんたが知ってるのよ」
「だって暑いもの、この列車。姫子、早くクーラー直して頂戴?」

 勝手に姫子の団扇を借りて自分の顔を仰ぎ、煽るカフカに「なら何で来たのよ!」とツッコミを入れる。

「君の淹れたアイスコーヒーを飲もうと思って」
「あんた、いつも酷評してるじゃない」
「ミルクが入れば何とかいけるわ」

 常に余裕な笑みを崩さず行動が読めない星核ハンターに苛立ちながら、気づく。カフカの今日の服装がいつもと違う。ノースリーブのシャツを着ており、カラータイツも着用していない。ノースリーブシャツにショートパンツ、サングラスという旅行にでも来たのかという様なラフな格好だ。いつもと違う露出度の高さに姫子は新鮮さを感じ、自然とその華奢な二の腕と太腿に目がいき、その白さと綺麗さに唾を飲んでしまう。

(いけない。熱気で脳が溶けてきているわ。それにしても、こいつも暑さを感じるのかしら)

 得体の知れない魔女みたいな女だから暑さを感じれることに正直少し驚いたが、カフカに「失礼なこと考えてる?」と言い当てられ黙秘した。

「……どうせ帰ってと言ってもあんたの事だし帰らないだろうから、いてもいいわ。残念だけど、今日はコーヒーを出す気力がないし、相手をする体力もうないの。大人しくしなさい」
「はーい」

 子供の様な返事に呆れながら、姫子はバスタオルで濡れた身体を拭き取り、ショートパンツとタンクトップに着替える。姫子の豊満な胸はその重さと体積で薄手のタンクトップの布を伸ばし、窮屈そうな胸と胸の間の谷間もくっきりと強調され、ショートパンツからは肉付きの良くも脚も長く伸びている。
 服装に問題はないはずだが、着る人間のスタイルが良すぎて、明らかに露出度が増し過ぎてしまっているようだ。一言で言うと、教育に悪いビジュアルだ。

「……君、一応マナーとしてその格好で外に出ちゃダメだよ?」
「列車の外には出ないわよ。今死ぬほど暑いの。どうせあんたとパムしかいないんだし、いいでしょ。修理の間だけよ」
「私はいいけど?」

 「炎属性は暑がりが多いのかしらね」と言いながら顎に手を当てて視線を胸に移ろうとするカフカを赤髪の女が叩く。今度は会心ダメージが入り、「痛いわ」と嘆くカフカを放置し姫子は髪を乾かしポニーテールにした後、工具箱と梯子を持って部屋を出る。出た瞬間、茹だるような湿気と熱気で包まれ「うっ」と唸り、一瞬怖気づくが体に鞭打って、踏み出していく。     
 数歩歩くと、気まぐれな猫の様についてくる影。姫子は一瞬ため息を吐くが、暑さで無駄な消耗をしたくなく、何も咎めず進んでいく。

 目標地点に到達すると、梯子をかけ、天井に設置している冷房機の表面を外す。配線を確認して、部品に欠品や故障がないか一つ一つ確認する作業に入る。

「姫子、姫子」

 カフカに裾を引っ張られ、「何よ」と下向くとドライバーを手元に差し出される。今姫子が視線で探していたものだ。

「あぁ、ありがとう」

 ドライバーを受け取り、作業を続ける。スパナを使い終えると「貰うわ。次はこれ?」とまるで作業過程を把握しているかの様なカフカに驚きつつも、作業はかなりスムーズになり捗った。
 冷房機の故障の原因は部品の経年劣化だ。無事大部分の所は修理完了したが、それが原因なら他の場所も点検しないといけない。ただ、メインが動き出し、生命の息吹の様な恵みの冷気を生み出された今、そしてシャワーを浴びた後の姫子も再び汗だくとなった状況でこのまま続行しようという気力にもなれない。流石に作業の続きは明日以降にしようと決めた。
 梯子の上からカフカを見ると、彼女の髪も汗で濡れていて、顔を微かに赤く上気させている。姫子に倣ってなのか、いつもかっちり着こなしてるシャツの胸元を開けて普段隠された谷間が上から見える。首筋に玉の様な汗が浮き出て一部は星の重力によって流れ、髪を掻き上げながら暑さに悩ましげに吐息を漏らしている。その涼しい端正な顔と妖艶な身体とのギャップが相まってドキリとする。
 艶かしいってこういうことを言うのかしら、と姫子は視線を逸らす。

「降りないの?」
「……降りるわよ」

カフカが梯子を押さえてくれるが、揺らさないか警戒しながら一段一段降りていく。そのぎこちない姿を見て、カフカは目を細めながらからかう。

「私に見惚れちゃった?」
「はっ!?」
 
 女の余計な一言でガタッと姫子が足を踏み外す。あと数段であったが、姫子の身体が滑り落ち、カフカに腕の中に抱きとめられる。

「おっと、危ないわ」
「あんたが変なこと言うからよ。離して」

 カフカは偶然手のひらで触ってしまった豊満な胸の感触に少し考える素振りを見せた後、姫子の言うことを聞かずそのままタンクトップ上の胸を手で包み、揉む。

「何してるのよ!あんた暑さで頭沸いたの!?」
「前より大きくなってる気がして。偶然当たったならついでにちょっと触る位いいじゃない」
「……あんた、男だったらヤバいことになってたわよ」
「姫子は私が男の方が良かった?」
「そんな事言ってないわよ」

 ふにふにと揉み続けるカフカの手を払って、身だしなみを整える姫子。
 冷房の復活で少し温度が下がり、姫子の元気も少しずつ取り戻してきた様だ。時刻を見ると深夜までかかると思っていた作業が何だかんだカフカのお陰で予定より早く終えていた。
 本日の生命を揺るがす重大ミッションが無事完了し、妙な達成感に機嫌が良くなり、汗をかいているカフカの肩をポンと置いて、姫子は声をかける。

「カフカ。言いたくないけど、礼を言うわ。手伝ってくれてありがとう。あんた、時間あるならシャワー浴びてきなさい。その間にあんたの分のアイスコーヒーも淹れてあげるわ」
「いいの?ブラックは嫌よ。君のコーヒー濃すぎるから」
「…はいはい、わかったわよ。あんたのはラテにするわ」

 悪態を付き合いながら、廊下を歩き姫子の部屋に戻ろうとする2人をよそに1匹の車掌が恐る恐る覗き見ていた。
 カフカが怖く、また2人の独特なテンションの会話に近づけないパムは十メートル後ろで見守りながら、

「あやつら、いつ仲良くなったんじゃろうか。喧嘩したり仲良くなったり……人間の女はさっぱりわからんのぉ。まぁ、お陰で列車内が涼しくなった事はいいことじゃ!めでたし、めでたしじゃな!」

と、こっそり呟いたとさ。

END

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