Euphoria(局長×ハーメル)

 自らの幻想にのめり込む瞬間は陶酔感を満たされ自分を見失い、現実と幻覚の区別が付かなくなる。わたしは昔から今まで踊り続けるだけで変わらない。ここが現実であっても、幻覚であっても、これからも踊り続けるだろう。
これが、わたしのダンス。
この滅びの世界の人々に安息レクイエムのダンスを踊る。

不意に肩を掴まれて、ステップを止めた。うたた寝から無理やり肩を揺さぶられた様な気持ち悪さを抱えながら瞼を開けると、いつの間にか雪が降っていて周囲の敵は血だらけで倒れていた。まるで観客のいない舞台の様だ。

「もういい」とたった一人の見慣れた観客は言う。敵がいなくなったのに、この人は苦しそうな顔だ。

「これは…わたしがやったのですか……?」

問うまでのない質問であったが、確認だった。息はしている。致命傷までには至っていないようだ。目の前の局長と言われる人は眉間に皺を作りうなづいた。

「だが、死んではいない。あなたは自分の能力を上手く制御した。よくやった」
「そうですか……良かった……」

急に疲労感が身体を襲い、ふらつきながらその場にあった岩に腰掛ける。長時間裸足で踊っていた筈なのに素足は霜焼けも傷も出来ていない。
幻に囚われた頭が回らず呆けていると、その人の手が傷ついていることに気づく。「踊らなきゃいけない」という強迫観念に突き動かされ踊ろうと足を踏み出そうとするとそっと押さえられた。わたしより少し温度の高い優しい手で頭の髪を撫でられる。その手もその人自身も、他人と自分の血で汚れていた。この終末期の様な世界で一滴の血も流さずに生きるのは難しい。それでもその人は最小限に食い止めようとしている。
その人に優しく笑いかけられ、暖かい気持ちに浸る。とても、綺麗な人。そう思った。

「もういい。もうあなたは踊らなくていい」

そう言って、局長は座るわたしの前で跪いて優しくふくらはぎを掴む。足の甲に接吻した後踊り疲れた裸足に靴をそっと履かせた。

「もう終わったんだ」

その人の暖かさに、わたしはいつだって現実に戻るのだ。


END.


(彼女が 現実に 戻る理由)

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